 |

|
1933札幌生まれ1959年北海道大学理学部大学院修士課程修了。 理学博士(高分子物理学専攻) |
|
国際基督教大学埋学部教
東海ホリスティック医学振興会顧問
日本ストレス学会理事
日本ホリスティック医学協会理事 |
|
|
|
石川光男先生
西洋医学は、近代科学をべ一スに進歩・発展してきました。その近代科学を支えているのは、自然科学の代表的存在である物理学です。西洋医学が今大きな曲がり角に来ているということは、とりもなおさず、近代科学及び近代文明そのものが質的大転換を余儀なくされていることに他になりません。
この“混沌(カオス)の時代”に21世紀の文化の指標「いのちを活かす」というキーワードを掲げて登場したのが物理学者、石川光男先生です。石川先生がホリスティック医学の重鎮的存在なのは「見える科学」と「見えない科学」の両方の世界を理解・認識し、新しい時代のパラダイム(考え方の基本的枠組み)を創造している日本でも稀有な存在だからです。
科学は、すべての測定結果は数値に置き換えられなければならず、その本質的な特徴は“定量的”である点です。定量的に観察できるものだけが、外界の現象として'科学的に承認され、利用されてきました。しかし、この宇宙の法則が神秘的でありながら精巧精密な生命システムであるように、自然の一部である人間の生命現象も、定量的側面だけでそのすべてを理解することには自ずと限界があります。
右川先生はおっしゃいます。「人間にとって本質的に重要な多くのものは“定性的”なものです。色、匂い、音色、そして”心”は定性的なものであり、人間生活の本質をなす重要な要素です」定量的認識法が、定量的なものを過大評価し、定性的なものを週少評価する傾向を生み出すということは、西洋医学と東洋医学の位置関係を見てもわかります。
しかし、今日の慢性病の増加などを背景に東洋医学や東洋思想への関心が高まっていること周知の通り。「私たちに今できることは、科学の否定や古い思想への逆戻りではなく“科学の流れを変える”ことです。伝統的な思想や、価値観を科学の光で照らして、新しい解釈を与える努力をすること。これからの医学は、単に西洋医学と東洋医学の技術的な融合を図るのではなく、それらの医学を生み出した基本的な世界観や価値観にまで遡って、新しい文化を創造するための基本理念を追求する姿勢です」
その基本理念を石川先生は「自然に学ぶ共創思考」(日本教文社)、「西と東の生命観」(三信図書)に著していらっしゃいますので、ご関心のある方はご一読いただければと思います。(岡部)
|
|
|
東西の医学とホリスティック医学
石川光男
病気になって病院を訪れるとき、患者は二つの期待を医者に求めている。一つは病気の原因を探ってくれること、もう一つは病気を医者が治してくれることである。医者はその期待に応えて、さまざまの検査を姶める。
検査の目的は、病気の物質的原困の追求、生理機能の部分的異常の発見である。それは機械の故障箇所を発見するのと同じ発想法に基づいている。なぜならば、物質としての部品の異常が機械の故障原困となるからである。
異常が発見されると、薬によって異常を治すか、手術によって異常部分を除去したり、人工物でおきかえたりする。これもまた、機械の修理と同じ考え方に基づいている。近代西洋医学においては、それがごくあたり前の処置であり、この点において患者の期待と医者の処置は一致していることになる。
このような処方は病原菌による急性病やケガに対して威力を発揮する。ところが、多くの慢性病に対しては、そう単純に間題が片付かない。その一つの理由は、長年にわたるライフスタイルの癖が病気の原因となっている場合が多いので、患者が自分の生活の誤りを反省して、それを自らが是正しない限り、本質的な意昧での病気の回復は期待できないからである。
したがって、医者が病気を治してくれるという患者の期待は最初から問題を含んでいることになる。同時に、症状の原因として、高血圧のような生理的異常を発見することは比較的容易であるが、高血圧をもたらす原因となっている生活習慣や、心の使い方の欠点を見極めることはかなり困難である。特に心の間題となると、近代医学の医者は決してプロとは言えない。
機械論的生命観を土台とする近代西洋医学に内在する、このような欠点に対処することがホリスティック医学の一つの課題となる。すなわち、病気の間接原因となっている生活の癖や文化の特質に総合的に対処し、心という主観的な頒域の対応を考えるという二つの課題に答えなけれぱならない。
一方、西洋医学の限界を感じて、漢方薬や針、灸などの中国医学に頼る患者も少なくない。そういう人々の間には、漢方薬は効果が現れるのが遅いけれども、副作用がない、といった常識がかなり定着しているように見受けられる。
このような素人判断の常識はかなり危険である。漢方薬でも使い方を誤れば、病状をかえって悪化させることになりかねない。西洋医学の場合には、病名に対応して薬が使い分けられるが、漢方薬では、同じ病気に対して同じ薬が使われるとは限らない。患者の体質や症状の徴妙な変化に対応して薬が使い分けられるからである。
したがって、中国医学においては、患者の個性や病気の特質の判断が重要な要素となる。その判断は医者の経験と努力にゆだねられていて、西洋医学のように機械による診断は確立していないから、医者の個人的能力に依存することになる。
症状に対する対応の仕方も、'中国医学と西洋医学では本質的に異なってい。例えば、体の一部に水がたまった場合に、西洋医学では医者が水を抜き取る方法を考えるが、中国医学では、人体に備わっている代謝機能によって、たまった水を体外に排出する作用を促進することを考える。すなわち、中国医学は人間の自然治癒力を最大限に活用することを基本方針とする。
西洋医学と中国医学のこのような違いは、両者の生命観の差異に由来している。西洋医学の中に自然治癒力という概念が稀薄であったのは、機械が自分自身で故障を修理する機能を持っていないという認識と深い関係をもっているように思われる。これに対して中国医学は自然界の一部としての人間の秩序形成機能を重視している。
機械の機能を理解するためには部品の機能を知らなければならない。そのために、西洋医学では、臓器、組織、紬胞、遺伝子というように、より小さな構成要素へ向かって研究が進められていく。これに対して、中国医学では、心身の諸機能の関連牲や、自然界と人間の関連性が重視されるので、より大きな世界へ視野を広げながら、自然治癒力の促進が追究されてきた。構成要素の異常を病気の原因とみなす西洋医学と、より大きなシステムとの間の機能的なバランスの異常を病気の原因とみなす中国医学は、人間の機能本質的に異なった側面からとらえている。
同質の機能をもつ部品によって組み立てられた、同じ構造の機械は、皆同じ機能をもっている。基本的に同じ構造をもった人間が皆同じ機能をもっているという考え方に基づいて病気に対処する西洋医学の特徴は、機械諭的生命観からみれば、当然の帰結なのかも知れない。
一方、多様な特質をもつ文化、社会、自然という環境とつながるシステムとしての人間という立場からみれば、心身の機能を画一的にとらえることはできない。中国医学が個人の特質を重視するのは、このような視点からみれば自然のなりゆきといわなければならない。システムの関連性を重視する中国医学は、心と体のつながりを活用した、気功のような健康法を開拓してきた。
中国医学のこのような特質に注目するならば、西洋医学の欠点を補うホリスティック医学の課題に答えるためのヒントが中国医学の中に内在していることが分かる。
しかし、中国医学のすべてを単純に肯定すれば良いというほど、事態は簡単ではない。古典を土台として伝統的に受け継がれてきた理論体系や方法論はあまり進歩しておらず、近代的な視点から全面的に整理・統合するという課題を抱えているように思われる。この課題に対しては、西洋医学の知見や方法論は大きな貢献をするに違いない。
ホリスティック医学とは何かという問いに対して、一義的に明確な答えはない。ただ一つ言えることは、西洋的な特質をもつ世界観を土台として発達してきた近代科学が軌道修正をすべき時期にさしかかっていることを象徴しているのが、ホリスティック医学であるという点である。
|
|
|
|
 |