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 ホリスティック医学と感性論哲学
芳村 思風 |

vol.04 1995.02 |
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・思風庵哲学研究所所長
・鳥羽商船高等専門学校講師
・名城大学講師
・東海ホリスティック医学振興会顧問
医学とは生命の病を対象にする学問であると私は考えています。そしてホリスティック医学とは、考えられ取り扱える限りの最大の全体的総合的視野をもって、医学の可能性に挑戦しようとする前衛医学であると思います。
その意味で、恒川洋先生が恒川ビルの1つのフロアーを開放して、医学と接点を持つ様々な文化活動のセミナーを開催されたり、また私財を投じて湯の山に「ゆらぎ園」を開設され、ホリスティック医学の可能性を実践的に探究されておられるお姿には、医療において前人未踏の頒域を開拓され、常に真の医学、真の医術、真の医道とは何かを問い続けておられる先生の激しい情熱と崇高な志を感じさせられ、ホリスティック医学のリーダーとして心から敬服いたしております。私は恒川先生との出会いによってホリスティックな考え方に初めて目が開かれました。
ホリスティック医学、すなわち全体的総合的な視野をもって生命の病を問題にする場合、次の三つの視点が考えられると思います。その一つは、現代の世界に存在する全ての医療技術を取り人れて、患者さんに、いま考えられる限りでの最高最適の医療を提供しようとする模索的医療行為であります。それは、西洋医学と東洋医学の協力や融合・統合を考えたり、又、様々な民間療法をも取り人れた医療の試みという事になります。
二っ目は、生命を全宇宙・全自然・全体社会・様々な文化など、外的環境との相互交流の中で成立する現象として捉える立場であります。すなわち「生命とは開放系」(石川光男先生の思想)であり、病の原因も、このような精神的・物質的相互交流の中で起る現象として理解し対応しなければなりません。
三つ目は、生命という有機体を創造的相乗効果の世界として理解する立場であります。すなわち人間の生命は、理性と感性と肉体が有機的に協力し合うことによって創り出している一つの相乗効果としての世界であります。ですから、人間生命の中に少しでも対立的な意識や構造が生まれれば、それは必然的に生命力を弱め、生命の有機性を破壊し、生命の病を創ってしまう原因になると考えねばなりません。ホリスティック医学は、この三つの視点からの生命理解の統一総合の上に築かれねばならない未来医学であると私は考えております。
このようなホリスティック医学への理解を土台にして、私の哲学である感性論哲学の立場から、ホリスティックな生き方を提案したいと思います。
〈大宇宙の摂理は命を生かすカ〉
先ず最初は「感性の声を闘きながら生きる」という事であります。命というものは大宇宙のカによって創り出されました。ですから命には大宇宙の摂理が働いています。そして大宇宙の摂理は命を生かす力です。この大宇宙の摂理は、人間においては、感牲における欲求や感情や感覚や気分として、理屈を超えた所から理屈ぬきに湧き上って来るものです。腹が減ったり、喉が渇いたり、涙が出たり、悲しくなったり、音が聞えたり、苦しいのは、みな宇宙によってそのように創られているからです。
感性は宇宙の声であり宇宙の意志です。喉が渇くのは、血液中の水分の不足、細胞中の水分の不足、いま命に必要なものは水分であるという事を宇宙の声が教えてくれているのです。
感性の声に耳を傾ければ、いま自分に欠けている栄養素は何であり、何を食べればよいのかが直ぐわかります。
その栄養素を含んでいるものが食べたくなるのです。医師も患者の感性の訴えに耳を傾け、宇宙の声、宇宙の教示を読み取る事に熟達すれば、もっと患者の心に救いを与え得る真の愛の医療が行えるのではないかと思われます。
この点に関しては西洋医学は東洋医学に多くを学ばねばならないと思います。民間医療も、その多くが、生命の中に働いている宇宙の摂理を部分的に探り当てたものであります。感性の声に耳を傾ける事によって我々は宇宙の摂理に合った生き方をする事が出来ます。
これが宇宙と一体化し宇宙を呼吸し宇宙を感じるという事です。病気とは、自分の生き方や考え方、心のありようが、有機体としてのあり方や宇宙の摂理に反する所がある事を宇宙が教えてくれる現象です。我々は病気を契機にして、自分の生き方や心に聞違いがないか反省しなければなりません。
〈感性は生命の本質〉
次は理性と感性を対立させてはならないという事です。対立的な気持ちは宇宙の有機的な摂理に反します。理性は感性の欲求を他人に迷惑をかけない方法で実現する為の手段能カです。理性と感性を協力させれば、その相乗効果によって、生命四十億年の歴史を通して命が獲得し蓄積してきた生命の知恵が人間の命から湧き出して来るのです。
理性を合理的にしか考える事が出来ない不完全な能カであると考え、感生を生命の本質であり宇宙の究極的源理であると考える感推論哲学は、理屈にこだわりなく全てを有機的に統合するホりスティック医学を願理的に支え根拠づけ得る思想になるのではないかと、私は考えています。
…BOOKS 芳村思風先生の著書
≡☆「人間の格」 (致知出版社)定価1O,000円
≡☆「今 感性は力」 (致知出版社)定価1,350円
≡☆「感牲論哲学の世界」(思風庵哲学研究所)定価2,575円
≡☆「感性の時代」 (思風庵哲学研究所)定価2,060円
≡☆「時流独創角熟経営一 (創森出版)定価1,500円
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田中和子
・ヨガ倶楽部『マハーン・ハルマ』主宰
・同倶楽部を拠点としてヨガ講座を行う他、
・東海ホリスティック医学振興会常任理事
<天地創造のとき>
科学時代のずっと以前に生まれていたヨガは、エネルギーの変形をその基礎的な概念としてもっています。
つまりグナ(属牲)という不変な性質の介在によって、プラクリティ(根本自性)は物と心に展開したというのです。永遠に観るもの(真我)の対極にある観られるものの展開です。
ここに大宇宙と小宇宙のホモロジー(相同牲)の考え方が成立します。これは、うつろいやすい人体を纏ったアートマンと全宇宙を知るプラフマンとを同一のものとして体験するためには必要だったのです。
本来ヨガ行は、自己の魂をより高次なものに近づけようとする実践法です。そこで、紀元前の昔から、インドの全ての哲学や宗教においてヨガは実践的手段としてとり入れられてきました。
現代も自然の教えに耳をかたむけ、その恩恵をこうむろうとする知恵はインドの人々に受けつがれていますが、ヨガ行は実践を適じて宇宙の啓示を知ろうとします。このことは、体内で起こっている変化への注意の集中や、自然が与える警告や教えに敏感になった自分を発見させます。そして瞑想や体位法を重ねるたびに、自己の内側に充ちてくるエネルギーの存在を知ります。体と感覚と魂が調和した真の健康の達成です。
<現象世界の中心軸>
古代インド思想が描く大宇宙像の中心軸メール山は、メルダンダ(脊椎)のメルです。ダンダは支えるの意。
ヨガは昔からメルダンダを最重要視してきました。生命エネルギーの通り徑(みち)であり、エネルギー中枢の存在するところです。

脊権は人の本当の年齢を計る尺度になります。誕生時、脊権は強靭ではないが柔軟性に富み、青年期においては柔軟性と強さを併せもち、老年期に人ると脆く硬く、そして死のとき脊椎は完全に硬直してしまいます。緊張のない、エネルギーが滑らかに通りぬける脊権を理想とします。何らかの方法で脊椎に影響を与えないヨガの実技は皆無で、それはとりもなおさず内臓や神経の細織全体への刺激となります。実習者は小宇宙を視野にいれながらすでに大宇宙に細み込まれているのです。
<メール山とは〉
月と日が空中に浮かんで、メール山の周りを巡っているのが、古代インド思想の大宇宙像です。
人体は小宇宙で背骨がメー一ル山。メール山をとり囲む島はエネルギー中枢チャクラ。日月も存在します。月の位置は軟口蓋の上方、日は腹部に鎮坐します。月は生命の源・廿露を分泌し、下方にいる日はしたたり落ちた甘露を飲み続けます。そして月から生まれる甘露が尽きた時、人は死に至るのです。

脊権最下端のエネルギー中枢には、天地創造のときから眠りについている宇宙蛇が、三巻半のとぐろをまいて潜在能力として存在しています。その覚醒はヨガ行の実践によってなされます。
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五十嵐桂葉 ・江南女子短期大学教授
・東海ホリスティック医学振興会顧問
〜がん予防の食事〜
がんになってしまった時点の治療食は現代医学では明確ではありません。しかし予防はかなりはっきりと示されてきました。
最近、特に注目されているのは緑黄色野菜のカロチン類、ビタミンC,E,お茶のカテキン類です。そして楠物繊維です。それゆえ緑黄色野菜や雑穀を奨める人も多いのです。これらは、ビタミンの働き以外に体内で発生した活性酸素(がんや老化の原因物質)を押える働きやがん細胞の発生のごく初期の抗プロモーターとしての効果が示されてきました。
食品では、お茶、なす、キャベツ、ゴポウ、にがうり、さっまいも、きのこ、にんじん、ちしゃ、小松菜、菜の花、ちんげんさい、ほうれんそう、パセリ、ブロッコリ、くるみ、ぎんなん、みかん、キウイ、アボガドなど…です。
しかし、基本食事の注意を忘れないようにしてください。1)やや少食、2)よく噛む、3)バランスのよい食事、4)体の内部温度を下げないように注意する、5)楽しく食べることも忘れないようにしてください。ガンセンターが示しているがんを防ぐ12箇条の指針とがんの危険困子と抑制困子を示しておきます。次回はがんメニューを中心にご紹介する予定です。
ガンを防ぐための12ヵ条
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| 1)バランスのとれた栄養をとる |
7)塩からいものは少なめに、熱いものは冷ましてから |
| 2)毎日、変化のある食生活を |
8)焦げた部分は避ける |
| 3)食べすぎを避け、脂肪は控えめに |
9)カビの生えたものに注意 |
| 4)お酒はほどほどに |
10)日光に当たり過ぎない |
| 5)たばこは止める |
11)適度にスポーツをする |
| 6)食べ物から適量のビタミンと繊維質のものを多く摂る |
12)体を清潔に |


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『私のホリスティック医学観』 (第3回) 福井 良治
・名鉄病院循環器科医長
・東海ホリスティック医学振興会理事

宇宙の質量を計算していくと、我々が目にみることの出来る物や触れることの出来る形で存在する物全てを足しても、宇宙の質量全ての数%にしかならないことが分かってきていると言う。現代の物理学省は目に見えないこの存在を血目になって捜していると聞く。物理学という学問は、その根拠となる仮説や事実を大事にする点で私にとっては馴染み易かっただけに、この目に見えない存在の大きさに衝撃を受けたものである。
西洋医学を学んできた人間にとって己の確信に満ちた思いは、西洋医学がいかに「行われる行為の根拠」を大事にし、その「根本的原因の解明」に努力してきたかという点であろう。西洋医学が誕生してから今にいたるこの時間に先人達の蓄積してきた情報は膨大なものとなり、細分化されることにより、高度で専門的になった各々の枝の先でさらにまた進化していくために、ますます加速度を増して情報量は膨らみ続けている。
現代の医者のトリレンマ(tri-1emma)(ジレンマのさらに上)は膨大に膨らむ新しい情報の中で、もがくことのみではなく、新しい事が分かる度に同時にまた新しく分からないことが出現してくることである。一方では紬分化された為に、全体像がみえにくくなってきた事も事実であろう。あらゆる大きさの組織やあらゆる機能をもった組織が集まってひとっの集合体」=人として存在するために必要なバランスをよほど気を付けてみていないと崩してしまうといった過ちをおかすこともありうることだろう。
私はホリスティックという言葉は、考え方を指すのであって治療法を示しているのではないと考えている。ホリスティックな考え万をつめていくと、私は一人では医療が出来ないことに氣付くのである。なぜなら、これだけの高度で大量の惰報とこれだけ複雑な人間のメカニズムを、ひとりの医者の能力だけで解決することの方が無理であろうと感じるのである。
西洋医学にとどまらない膨大な経験の蓄積をもちあい、多数の專門家がディスカッションしながら一人の病人に付き合っていく医療の時代は、今後必ずや当たり前の時代になっていくであろう。健全なその時代のためにも知識不足からくるような一人よがりの考え方や独断があってはならないのである。私は自問している。「知ったことによりなぜまた疑問が増すのであろう」と。
BOOKS福井良治先生が薦める本のご紹介
☆目分の体は自分で活かせる 帯津良一著実務教育出版
☆こころの日曜日 菅野泰蔵紀法研
☆こころの時間です菅野泰蔵著サンマーク出版
☆いまわのきわに見る世界 ケネス・リング著 講談杜
中村定訳
☆Prograo for Reversing Heart Disease
Dean Ornish著 RAND0M・HOUSE INC
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菅原はるみさんは、がん治療におけるホリスティックな医療を実践されている帯津三敬病院で心理療法士(サイコセラピスト)として活躍されています。
がん患者さんにとって、精神的なケアを担う心理療法が医療の中に組み込まれている病院で治療を受けられることは、どれほど心強いことでしょう。
がん患者さんが抱いている恐怖感、抑うつ感、不安感は計り知れないものがあります。しかし、一般的な病院では、肉体の医学である西洋医学が中心ですから、こうしたがん患者さんたちの精神的なケアはなおざりにされているのが現状です。
菅原はるみさんのどこまでも人を包み込むような温かさと慈しみの眼が、どれだけの患者さんたちの心を癒してきたことでしょう。がんの原因は多様ですが、ストレスが発症の引き金になっていることが今日では明らかになっています。特に免疫の観点から、心の状態が免疫機能に大きな影響を与えていることがわかっており、現在では、精神と免疫の関係を研究する「精神神経免疫学」が注目されております。
がん患者さんの共通した心理的傾向として抑圧された感情、自己処罰の思い(自責の念)、対象喪失体験(支えとなっていた人や仕事などを失う)による抑うつ状態や絶望感などが明らかにされています。肉体の腫瘍を除去するのが、がん治療における医師の使命であるとするならば、菅原はるみさんのような心理療法士の使命は、その肉体に腫瘍を作る心理的な要困になった感構のしこり(心の腫瘍)を溶かし、その人がもともと持っていた生命力が溢れてくるように援助をすることなのではないでしょうか。
私たちの体には、免疫系、自律神経系、内分泌系という、病気と戦い、健康でいられるように働き続けてくれる生命のシステムが備わっています。しかし、このシステムも、ストレスによってうまく機能してくれなくなります。
当振興会では毎年一回、湯の山ゆらぎ園で菅原はるみさんのサイコセラピー「心と体を癒すリラクセーション=ストレスリダクション法」を開催していますが、毎回多数の参加者があります。リラックスすることが頑張ることよりも難しい一それが私たちの“今"であり“社会'です。「リラックスとは、もう一度ゆるめるという意味で、語源は自分を許すからきています」。菅原はるみさんのこの言葉が胸に残りました。(岡部)
BooKS 菅原はるみ先生の著書
共著☆「ホリスティック医学のの治癒力」(法研)
訳書☆「ストレスリダクシヨン法」(日本教文社)
共訳書☆「癒しのメッセージ」(春秋社)
☆「宇宙意識の接近」(")
…☆「がんを癒す家族」(創元社)…
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ミュージックセラピー・セミナー
『矢吹紫帆&矢中鷹光によるヒーリング ミュージックコンサート』
'94年9月3H(土)・4日(日)於=湯の山ゆらぎ園
[講師 矢吹紫帆(シンセサイザー演奏家)・矢中鷹光(ヴォイス・フルート)]
シンセサイザーを使ったオリジナル曲を演奏する矢吹紫帆さんは、琴の音で目覚めた'自分の音楽'の原点を探し求め、現在は、音楽活動を支え励ましてくれた人々に感謝の気持ちを返す思いで、『10万人とふれあうコンサー一ト』と名付け、刑務所や養護学校、精神病院、小中高等学校、過疎の村等を中心に全国を走り回っている。
第1曲目『忘れな草』の曲が始まったとき、参加者の目から自然に涙が溢れ出す。これは、悲しみや苦しみの涙ではなく、この世に生かされていることを実感した時に生命(いのち)そのものから素直に沸き出る涙なのだと思った。
参加者の思いを音楽という形で表現する即興演奏の時聞が始まる。彼女の豊かな人生経験に裏打ちされたインスピレーションによって、参加者の、その時その場の意識の全体が、調和された美しい音楽として展開していく。
それだけに、この即興演奏は、聞く者に多くの気づきを与えるものであった。
早朝の尾高高原での矢中鷹光さんによるヴォイストレーニングの最中、私たちの発声に呼応するかのように朝日が昇り、次第に輝きを増していった。豊かでやさしいエネルギーの波動が私たちを包んだ。
矢吹さんの音楽によって、参加者の体からは、'すうっ"と、余分な力が抜け、この心地好さで、疲れが優しく癒され、素直な本当の自分を取り戻すことができた。
また、心の奥底から熟い何かを感じ、生かされている喜びと、今まで生きてきた意味を体感することにより、これまでの人生を受け人れ、自分を愛する大切さがいっそう自覚できた。矢吹さんの音色、矢吹さんの音楽と参加者の意識が共鳴し合い、宇宙に伝わる高い波動が、セミナーの時空間全体に濫った緒果であろ、(五十部)
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『音と舞踊とアートの出会い』
'94年10月1日(土)・2日(日)於:湯の山ゆらぎ園
〔講師 真野利郎(フトート演奏家)・野々村明子(舞踏家)
フルートとモダンダンスによるパフォーマンスが、湯の山ゆらぎ園を非現実的、異時空間に変貌させた!
アートセラピー・ワークショップ『音と舞踊とアートの出会い』が、初秋の湯の山ゆらぎ園で開かれた。今回は、衝撃的だった前半のフルートパフォーマー真野利郎さんとモダンダンサー野々村明子さんとのジョイントパフォーマンス『音と舞踊の出会い』の模様をお伝えする。
パウォーマンスのテーマは、「接点:現実と非現実世界の狭間で…」。真野さんと野々村さんのパフホーマンスは近鉄湯の山温象駅に降り立った瞬間から始まっており、演奏という行為の時間枠組みを外し、現実世界が次第に非現実世界に移行して行く過程を音、舞、自然を通して表現、体験するものだ。
次第に暮れていく湯の山の自燃を背景に、灯りを消したゆらぎ園に流れる再現のないフルートの音魂(おとだま)と、その中に展開される、おどろおどろしく、まがまがしく、時に滑稽な狐の化身のごとき赤装束の舞。
暗闇の中で息を潜め、目を凝らして見守る観客をも、いつしか巻き込んで繰り広げられる筋書きのないパフォーマンス。何が起こるか予想も出来ない展開の中、知らぬ間に頭も体もカラッポになっていた。時間と空間の枠を越え、自然と一体化した音と舞の競演に酔いしれていた時、一瞬外光に浮かび上がったゆらぎ薗のフロアや階段はまさに非現実世界そのものだった。(恒川) |
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☆編集後記☆
新しい年が明け、雪景色を楽しんでいたのも束の間、兵庫県南部大地震のニュース。全壊した目宅の前に立ちすくむ主婦がふと呟く。「こんな地獄を経験しなければならない程、私達は人と人が助け合って生きていくことの大切さを忘れていたんですね」。
災害も病も同じだと思った。当り前のことなんか何もないということ。苫しみは、解決しなければならない課題を自然が教えてくれるメッセージであること。そして今号の芳村思風先生の原稿を読んで思いました。
絶望は愛の光を知るために、この宇宙の創造主が体験させるものであるということを。亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。(岡部) |
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