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東西の医学とホリスティック医学
石川光男
●国際基督教大学埋学部教授
●東海ホリスティック医学振興会顧問
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病気になって病院を訪れるとき、患者は二つの期待を医者に求めている。一つは病気の原因を探ってくれること、もう一つは病気を医者が治してくれることである。医者はその期待に応えて、さまざまの検査を姶める。
検査の目的は、病気の物質的原困の追求、生理機能の部分的異常の発見である。それは機械の故障箇所を発見するのと同じ発想法に基づいている。なぜならば、物質としての部品の異常が機械の故障原困となるからである。
異常が発見されると、薬によって異常を治すか、手術によって異常部分を除去したり、人工物でおきかえたりする。これもまた、機械の修理と同じ考え方に基づいている。近代西洋医学においては、それがごくあたり前の処置であり、この点において患者の期待と医者の処置は一致していることになる。
このような処方は病原菌による急性病やケガに対して威力を発揮する。ところが、多くの慢性病に対しては、そう単純に間題が片付かない。その一つの理由は、長年にわたるライフスタイルの癖が病気の原因となっている場合が多いので、患者が自分の生活の誤りを反省して、それを自らが是正しない限り、本質的な意昧での病気の回復は期待できないからである。
したがって、医者が病気を治してくれるという患者の期待は最初から問題を含んでいることになる。同時に、症状の原因として、高血圧のような生理的異常を発見することは比較的容易であるが、高血圧をもたらす原因となっている生活習慣や、心の使い方の欠点を見極めることはかなり困難である。特に心の間題となると、近代医学の医者は決してプロとは言えない。
機械論的生命観を土台とする近代西洋医学に内在する、このような欠点に対処することがホリスティック医学の一つの課題となる。すなわち、病気の間接原因となっている生活の癖や文化の特質に総合的に対処し、心という主観的な頒域の対応を考えるという二つの課題に答えなけれぱならない。
一方、西洋医学の限界を感じて、漢方薬や針、灸などの中国医学に頼る患者も少なくない。そういう人々の間には、漢方薬は効果が現れるのが遅いけれども、副作用がない、といった常識がかなり定着しているように見受けられる。
このような素人判断の常識はかなり危険である。漢方薬でも使い方を誤れば、病状をかえって悪化させることになりかねない。西洋医学の場合には、病名に対応して薬が使い分けられるが、漢方薬では、同じ病気に対して同じ薬が使われるとは限らない。患者の体質や症状の徴妙な変化に対応して薬が使い分けられるからである。
したがって、中国医学においては、患者の個性や病気の特質の判断が重要な要素となる。その判断は医者の経験と努力にゆだねられていて、西洋医学のように機械による診断は確立していないから、医者の個人的能力に依存することになる。
症状に対する対応の仕方も、'中国医学と西洋医学では本質的に異なってい。例えば、体の一部に水がたまった場合に、西洋医学では医者が水を抜き取る方法を考えるが、中国医学では、人体に備わっている代謝機能によって、たまった水を体外に排出する作用を促進することを考える。すなわち、中国医学は人間の自然治癒力を最大限に活用することを基本方針とする。
西洋医学と中国医学のこのような違いは、両者の生命観の差異に由来している。西洋医学の中に自然治癒力という概念が稀薄であったのは、機械が自分自身で故障を修理する機能を持っていないという認識と深い関係をもっているように思われる。これに対して中国医学は自然界の一部としての人間の秩序形成機能を重視している。
機械の機能を理解するためには部品の機能を知らなければならない。そのために、西洋医学では、臓器、組織、紬胞、遺伝子というように、より小さな構成要素へ向かって研究が進められていく。これに対して、中国医学では、心身の諸機能の関連牲や、自然界と人間の関連性が重視されるので、より大きな世界へ視野を広げながら、自然治癒力の促進が追究されてきた。構成要素の異常を病気の原因とみなす西洋医学と、より大きなシステムとの間の機能的なバランスの異常を病気の原因とみなす中国医学は、人間の機能本質的に異なった側面からとらえている。
同質の機能をもつ部品によって組み立てられた、同じ構造の機械は、皆同じ機能をもっている。基本的に同じ構造をもった人間が皆同じ機能をもっているという考え方に基づいて病気に対処する西洋医学の特徴は、機械諭的生命観からみれば、当然の帰結なのかも知れない。
一方、多様な特質をもつ文化、社会、自然という環境とつながるシステムとしての人間という立場からみれば、心身の機能を画一的にとらえることはできない。中国医学が個人の特質を重視するのは、このような視点からみれば自然のなりゆきといわなければならない。システムの関連性を重視する中国医学は、心と体のつながりを活用した、気功のような健康法を開拓してきた。
中国医学のこのような特質に注目するならば、西洋医学の欠点を補うホリスティック医学の課題に答えるためのヒントが中国医学の中に内在していることが分かる。
しかし、中国医学のすべてを単純に肯定すれば良いというほど、事態は簡単ではない。古典を土台として伝統的に受け継がれてきた理論体系や方法論はあまり進歩しておらず、近代的な視点から全面的に整理・統合するという課題を抱えているように思われる。この課題に対しては、西洋医学の知見や方法論は大きな貢献をするに違いない。
ホリスティック医学とは何かという問いに対して、一義的に明確な答えはない。ただ一つ言えることは、西洋的な特質をもつ世界観を土台として発達してきた近代科学が軌道修正をすべき時期にさしかかっていることを象徴しているのが、ホリスティック医学であるという点である。
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田中和子
ヨガ倶楽部「マハーン・パドマ」主宰
東海ホリスティック医学振興会理事
<ヨガ行とは>
ヨガ行の実践は、人のうちに本来そなわっている高い精補的能力を完全に開発、発現することを意味します。
そのための実習上の技法を綿密に組み立てたのが、次に述べる「ヨガの八部門」とよばれるシステムです。
@禁戒(やってはならない戒め=殺さない、盗まない、嘘をつかない、高い意義において純潔である、
むやみに欲しがらない)
A勧戒(行うべきこと=心身を清浄に保っ、多くを望まず満足を知る、自ら苦行を行う、諸学の学習を励む、
最高義を自己の行動の規範にする)
B坐法(体位法=注意力を流動する意識に向ける)
C調息法(呼吸法=連続する意識を得る)
D制感(外界の対象から感覚器官のはたらきを撤退させ、次の内的部門の準備をする)
E凝念(第五の部門で純粋に内的になった意識を、一ヶ所に集める)
K静慮(先の部門で選んだ観想の対象を、より内的にひろげ満たしていく)
私は第一第二の部門をヨガのゴールと考えます。体が強靭になることも集中力がつくことも全て途中の収穫で、動揺しない潔白な心を得ることで自己の真の美しさと慈しみの心に出会えるのだと思います。
〈実習にあたって〉
精神の集中は実習者自身の体に対する注意力を増し、生に対する力を増大します。それは実習によって実現するわけですが、まず体位法や調息法の習練を通して会得していきます。体位法においては緊張と弛緩の波が連続して体と意識にあらわれますが、この連続した二つの波を精神集中と関連させます。
初めてヨガの体位を行った人は、痛みを感じ苦痛でさえあるかも知れません。が、次第にそれは苦痛感ではなく緊張と感じとれるようになり、まもなく心地よい快感に変わるはずです。そのときには意識は集中し、快感は余分な思考や感情の入る余地をゆるさず、原始的な粗雑な肉体的感覚が精神集中の対象としての役割をはたして、緻密な精神性、潜在的な意識の認識へと精神的密度は高まるのです。
《前屈の体位》
息を出しながら体を前屈させて、体の後ろ側の筋肉をすべて伸ばします。
前屈系の体位は、生理的には副交感神経を刺激して心の働きを鎮める効果があります。
心の作用の抑制がヨガの本来の目的ですから、前屈系の体位はヨガ行法の中でもっとも基本的であるということができます。
腹部の全ての器官を刺激してその機能を高めるので、消化不良、慢性便秘、前立腺肥大、糖尿病に効果的です。腹部腰部を強化し、足、腰、背中の歪み痛みを軽くし、慢性の冷え性にも効果があります。
《左右の鼻孔を交互に使う調息法》
ヨガの調息法の中でも基本的なもので、初心者から熟達した人まで幅広く行えます。
まず右手の指を図のようにおきます。親指で右の鼻孔を押さえてふさぎ、左の鼻孔からなめらかに息を入れます。息を十分に入れたら、薬指と小指で左の鼻孔を押さえて閉じ、息を止めます。
次いで右の小鼻を押さえていた親指を離し右鼻孔から息をだします。出し切ったら右の鼻孔から息を入れ保息をします。今度は左の鼻孔から息をを出します。
(ここまでが1サイクル)連続して5〜10サイクル繰り返し、最後は左の鼻孔から息を出して終わりです。
神経組織の働きは活発になり、血液中の酸素量は増えて浄化され、その循環を盛んにします。呼吸器の機能を発達増大させ、精神の集中力をもまします。
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-連載 現代栄養学- ホリスティックな食生活(3)
がん予防の食事メニュー
五十嵐桂葉
江南女子短期大学教授
東海ホリスティック医学振興会顧問
食べ物のがん抑制効果は未知の部分が多いのですが、日々新しい食物のがん阻害効果が公表されています。
図1に示すごとく変異物質に働き、がん化するのを未然に阻害したり、血圧を上昇させる酵素をプロックしたりする食品類(表1)が実験の結果、みいだされていますので紹介しておきましよう。
やや少な目の食事をよく噛み、、ゆっくりと唾液と共に食べてその効果が有効になります。メニュー 一食分を作っておきましたので参考にして下さい。
@紅花ごはん(胚芽米5O〜60g、麦5g、くこ5g、紅花O-5g、酒小1、塩0.5g〕
きれいに洗って、くこ以外を一緒に炊き、くこは最後に混ぜる。
A白菜のスープ煮)(白菜100g干し椎茸1枚、ほたて貝(干し)1個(水もどししてみずのまま用いる)〕コンソメ1/2個、水かとりのゆで汁120ml.片栗粉の水溶きでとろみをつけ、ニラを加える。
ゆで汁までと調味料を加えて、約20分煮る。最後に片栗粉の水溶きでとろみをつけ・ニラを加える
B和えもの〔とり肉30g菊の花2g、白きくらげ3g、春菊25g、ごま油・しょうゆ・みりん各小1/2、酢大1/2〕
とり肉をゆでて小さくさいておく。菊の花はきれいに洗ってさっとゆでる。きくらげは水にもどして、5分程ゆでる。
春菊は2分ゆでて水にとり3cm長さに切り水切りにしてしょうゆを少々ふりかける。これらをごま油から酢までをよく混ぜて和える。
C黒ごましるこ〔黒ごま大1、黒ざとう大1/2〜1、湯100ml.、片栗粉大1/2、レイシー個
黒ごまを鉢でよくすり、黒ざとう、湯を加えて煮とおし、ごまを加えてから一煮立ちさせて、片栗粉の水ときを加える。
レイシーをのせる。
 

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『私のホリスティック医学観』(第4回)
竹内 聡
●星ヶ丘マタニティ病院内科・心療内科、
●東海ホリスティック医学振輿会理事
〜私がホリスティックにはまった理由〜
人の価値値観は、多くの部分生れ育った環境とそこから派生する経験によって形成されると思われる。私は自分目身を知りたくて、自分の人生に納得したくて医学を志し、心身医学、ホリスティック医学へと放浪している。
この方向性は自分にとっては避けられない道であったような気がする。恥ずかしながら、あえて自分の個人史を解説してみる。私が幼い頃、母親は宗教に依存しており(叔母はいわゆる霊能者である)、大事なことは儀式的に解決されてきた。
それを父親は不快に思っていたようであるが無理に止めることはなかった。私の幼少期は姑、小姑同居で家族内葛藤は強く、母親がそういう癒しを求めたことは無理もないことだったと思う。しかし、自分以上のものに依存し安心を得ることの代償として、自尊心、決断力は育たず、人目が気になり常に何かを恐れ、良い子であるために自己の内発的な欲求は抑圧された。そして数々の心身症や神経症的なとらわれを経験することとなった。
その後、よくあるように、人を癒すことで自分が癒されたいという無意識的な力で治療者としての道を選んだのだと思う。(私だけではなく、人を癒そうなどという動機の根底には大なり小なり、このような面があるのではないであろうか)
ごういうことは、心理学や精神医学で扱うことであろうが、それだけではなくあえてホリスティックという私のこだわりは何か。それは、簡単にいえばこれだげでは納得できないということである。自分の個人史を支えた力は何だったのか。
また個人的問題を越え、不幸な人と幸せな人、病気の人と健康な人、短命な人と長寿の人が確かに存在する。私これらの理不尽な現実を果たしてその人の個人史だけで説明できるのだろうか。自分が治療者となり、幾多の人々と接する中でますますそういう気持ちが強くなった。宇宙史、生物史、人類史の中で自己をとらえなおすことこそが癒しにつながるのではないであろうか。
私にとってホリスティック(医学という言い方には抵抗がある)とは、新しい治療法を見つけるということではなく、自分を含めて、より多くの人が自身の生死に納得できる道を模索することなのである。
B00KSO 竹内聡先生が薦める本のご紹介
☆シンクロニシティ F.D.ビート著 菅啓次郎訳 朝日出版社
☆病気と治療の文化人類学 波平恵美子著 海鳴社
☆オルタナティブ・メディッスン ロバート.C.フラー著 新宿書房
一アメリカの非正統医療と宗教 池上良正・池上富美子訳
☆自己創出する命−個の物語 中村桂子著 哲学書房
☆ 三つの脳の進化−反射脳 情動脳ポール・D・マクリーン著 工作社
理性脳と人間らしさの起源 法橋登訳
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孤高の人一・初めて芳村先生にお会いし、お話を伺った時にそう思いました。しかしそれは、一般の人にとって全く手の届かない高次の意識をもつ存在として「特別の高み」におられるという意昧ではありません。
それよりはむしろ、高い精神性をもつ芳村先生の存在そのものが「人間というものは、限りなく深く、どこまでも高く、果てしなく広い心を持つ存在として誰しもが成長しうる可能性があるのですよ」と、誰よりも謙虚に、愛ある口調で語っていらっしゃるからこそ感じる人間としての格の高さと言えるものでした。
毎月1回、振興会多目的ルームで開催されている芳村先生の「感性論セミナー」の参加者は実に多種多様。主婦、0L、ビジネスマン、経営者、医療関係者など。哲学というものが、ここまで一般の人々に必要とされた時代がかつてあったでしょうか。
感性論哲学は現代人の頭の使い方、心の使い方、生き方そのものがバランスを失い、ストレスを自らのいのちの内部から発生させている根源的な原理を明らかにしてくれます。一人ひとりが病んでいることと、この社会、ひいてはこの地球がいま病んでいることが同一の源であることを認識できるのです。
「感性とは人間の本質、生命の本質で、宇宙を支配する究極的な原理。理性と感性と肉体が有機的に調和協力する関係をつくることが個人の健康、安定、平和、幸福につながる。個人が真に幸福になることが、世界が平和で幸福になること。“感性の声”を聞きながら、理性を“目的実現の手段能力"として使う。感性が豊かになってくると宇宙の秩序につながっていくのです」
芳村先生の言う感性は狭義の感性ではありません。“感性の声”とは宇宙の意思・英智であり、私たちは皆“内なる声”としてそれをもっているということなのです。それは今、「気」と言われているこの宇宙の森躍万象のエネルギー、秩序形成の調和エネルギーと同じものを言っているのだということが分かります。
ホリスティック医学において、「感牲論哲学」は重要な支柱の一つになっていくであろうと思やれます。なぜなら「感性論哲学」は「生命の哲学」だからです。「生体」による統計医学である東洋医学、「死体」の解剖によって発展してきた西洋医学(故に心身二元諭が生まれた)、人間を「心・体.・知の三位一体として捉えるホリスティック医学・当然そこには「いのちとは何か、人間とは何か」という哲学がなければホリスティックは、医学という学問にならないと思うのです。
「感栓論哲学」はまた、近代という「理性優先の男性原理の社会」から「愛、調和、統合、平和のエネルギーである“感性”一女性原理」を融合した新しい.文明、社会のありかたを示唆するものではないかと思います。(岡部)
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感性論セミナー・毎月第2木曜日PM6100〜8:00
セミナーテープ:'94年10月15日・16日'in湯の山ゆらぎ園
<6本で1セット\12,000円〉
お申し込み、お間い合わせは当振興会事務局まで |
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