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東海ホロス ホロス通信
新しい時代に求められる“ホリスティックなリーダー”とは
(ホリスティックって何?)
通信目次
       
 最近、ホリスティック医学、ホリスティック教育などといわれますが、この「ホリスティック」という言葉は、ギリシャ謡の『金体」をあらわす『ホロス」からきています。ここには、「この宇宙はひとつのまとまりをもった全体であり、その中のすぺての存在はつながりあっている」という前提があります。 

 私たち一人ひとり、人類、自然、宇宙一すべては根源的にひとつのもの。いのちはすべてのもののつながりのなかに存在します。いのちは本来ひとつのものなのに、私たちはそれを分断し、切り離してきました。

すべての存在はお互いに支えあう相互依存関椋にあるのですから、争い戦うのが本来の姿ではなく、“違ったものが違ったままに詞和し支えあうのが生命の本来の姿;なのです。では、こういうホリステイックな考え方が医療、企業、教育などのなかではどう活かされるのでしょうか。

 変容していくリーダーのあり方
 一般的にリーダーとは、“先に立ってみんなを引っ張っていく人“教え導く人などという意味に使われています。しかし、これからの時代には、これだけでは不十分なのです。なぜなら、'引っ張っていく''人があれば“ついていく”人ができます。指導者があって、そのまわりに指導される人たちがいることになります。これまで指導者と指導される人が明確に分かれていました。

医の世界でいえば、病気を治してあげる医者と治してもらう患者。学校教育の世界では、教える教師と教えてもらう生徒。一般社会では、大衆とエリート、あるいは一握りの指導者という構図がありました。権威主義的な社会では、そうでなけれぼ生きられなかったのですが、いまやそれだけでは個人がいきいきと生きられる活力ある社会をつくれなくなっているのです。

 教えることも指導することも必要なのですが、自分で考えることもなく、ただ権威に従うだけの人たちは、自分の「感覚や思考』を埋もれさせ、『感性や知性」を鈍らせ、上の人に従うだけの人間になりました。正しいものは、自分の“内部でなく、つねに“外部にあったのです。支配するには、これが便利なのです。

 支配型のリーダーは孤独で、たった一人のさぴしい存在です。上下関係にあり、いつも他人の上にいますから、ほんとうの対等なかかわりがもてません.おしえるばかりで学ぶことができず、自分自身が成長することができなくなります。いきおい、固定化し、停滞します.生き生きしたいのちの躍動やエネルギーが失われます。

しかしいま、私たちは目覚めはじめています。ほんとうの平和は一人ひとりがほんとうの自分を取り戻し、知性や感性を取り戻し、魂を含めた自分の全体性を取り戻すときに初めて生まれるのだ、と一。それこそが、ホリスティックなのです.真実、愛、知恵は、一人ひとり、すぺての人のなかにあるのだ、ということに気づきはじめている人が増えています.
 
 21世日の新しい時代は、すべての人が「意識のめざめ」を迎える時代になるでしょう。特定の人の思想が広まるのではなく、ほとんど同時に、地球上のあちらこちらで同じ考え方や気づきが生まれる時代です。もう古い意味でのリーダー、指導者に従っていれば間違いないという時代ではありません。すぺての人が自分のなかに真実、愛、知恵の顔をもっているのですから、すぺての人が自分の生きている世界で、“リーダー”になりうるのです。

こういう“ホリスティックなリーダー''は人をコントロ一ルし、引っ張っていくという古いリーダーではなく、人に喜ぴや心のやすらぎを与え、その人の内部の能力(医療の世界でいわれる`自己治癒力や生きようという意思も含まれます)や創造性が芽生えてくる“ブロセスをともにする人なのです。

『ホリステイック医学」「ホリステイツク教育」というものが今注目されはじめた背景には、医者や教師、その他、様々なリーダーのあり方及ぴ人間関係のあり方が変容を迫られているということなのです。

 自分の贈り物を世界に与える
しかしリ一ダー"になるには、まず自分自身が成長することが不可欠です。自分を愛せない人は、他人を愛することはできないし、自分をありのままに受け入れることができない人が他人を受け入れることができないからです。自分のなかの何かを許していないとき、他人のなかの同じ何かを許せなくなります。

私は恒川先生とのご縁ができたことにより、「湯の山ゆらぎ園」でケアリング・セミナーというワークショッブを隔月で開かせていただいております。ケアリングセミナーはありのままの自分を認め、受け入れ、愛すること、自分に気づき、さまざまなとらわれや思い込みから開放され、自分の人生の目的に気づいていくことを目指しています。

私自身はケアリング・セミナーの究極の目的を、ホリスティックなリーダを育てることに置いています。私たちは皆、地球変革の“リーダーになるために、この世界に何か贈りものするために生まれてきたのです。

その贈りものに自分で気づくことは、どれだけ、人生を輝きに満ちたものにするでしょう。いきいきワクワクする人生の蛤まり一それは、自分のもって生まれた贈り物を周囲に、世界に与えはじめた時から始まるのです。

家庭で出来る自然療法   自然療法にはいろいろな方法がありますが、いずれも先祖から伝えられてきた長い歴史をもつ療法です。

最近、現代医学の発達に伴って薬害などの副作用の心配もでてきましたので、できるだけ自然の方法で健康回復をはかりたいという入が増え、今自然療法が見直され静かなブームになっています。

自然療法は化学療法とは違って速効性はないのですが、病気に伴う痛みや苦しみを和らげ、かつ自然治癒力を高めるうえですばらしい効力をもっています。副作用がなく安全で誰でもできる家庭の手当法としてぜひとりいれいただきたいと願っています。その手当法のいくつかをご紹介しましょう。

びわの葉の療法
びの葉はアミグダリン(ピタミンB17)という成分があり、これに熱を加えることによって体内に浸透し細胞に活力をつけ痛みをとる薬効があります。

(a)びわの葉を患部に貼る方法びわの葉の貼り方
患部に直接びわの葉を貼っておくと、体温によって成分が浸透していき患部の回復に効果があります。そのまま当てますと体温によって乾燥しますから、葉の裏にサランラップを貼って使います。
効能:怪我、火傷、腰痛、関節痛、患部の痛み、解熱に効きます。

(b)びわの葉温灸
温灸はびわの葉療法の中でもすぐれた方法で、やり方はびわの葉の上に布と紙を重ね、その上から捧もぐさに火をつけ体のつぼに指圧の要領で押しあてていきます。

効能:ガン、慢性病、腰痛、肩こり、その他のあらゆる病気に効果があります。又、病気の予防として温灸を活用して下さるのが理想です。(もぐさ俸必要な器具が備わっているセットと、俸のつぼの本がありますのでそれを使用して頂くと便利です)

『ヘルシングあい』は一…一一一
毎日の健康法として食養生、健康体操、心の持ち方、病気の手当法など西式健康法にもとづき、皆様への健康へのお手伝いをさせていただきます。

・健康相談一カウンセリング ・月曜日〜土曜日AM10:00〜AM5:OO・要予約TEL052-916-5076〕
・各種健康づくり教室・玄米健康料理教室・季節料理教室 月に一回要予約・自然療法教室・西式健康体燥教室
・取扱い商品(自然食品や環境にやさしい商品))米、詞昧料、野菜ジュース、柿茶、圧カナベ、浄水器、洗剤など一
無農薬野菜1万円以上宅配焦料



  Q 抗がん剤の副作用があまりに苦しく医師にやめてもらいました。ホリスティックー医学の自然療法の話をしたところ「私は関心がありませんので」と言われてしまいました。がんの治療西洋医学だけが万能というわけではないと思ううのですが,お医者さんたちのホリスティック医学への理解が、患者が求めているよりも低いように思うのですが。(会員・女性・乳ガン患者)

A回答者 恒川洋東海ホリスティック医学振興会会長〕恒川消化器 クリニック副医院長

 正直なところ、現代医学の医師の大多数はホリスティック医学の意味と重要性を正確には理解していないのが現状です。しかし一方で、がんの治療に関わる医師の大半が現在の西洋医学の治療法(手術、抗がん剤、放射線療法など)の間題点と限界には気づいています。

そこで、従来の治療法に変りうる、または補えると考えられる方法が科学的に実証され評価を受ければ、新しい治療法として採用される余地は十分にあります。実際、西洋医学とは科学的な評価、っまり客観的なデータに統計学的な検討を加え、有効性と安全性が確認された方法の集積の事です。しかし客観的な評価が難しい事、例えば心とか気などの影響が大きい治療法の場合、評価不能となり却下されてしまう限界性も持っています。 

さて、西洋医学のがんの三大治療法(手術、抗がん剤、放射線療法)は、残念ながら、いづれも効果の発現と同時に副作用として患者の免疫力を低下させる方法です。

 近年、西洋医学でも様々な免疫療法(BRM療法)が考案、開発されてはいますが、三大治療法に匹敵あるいは取って変る方法にまでは至っていません。したがって、がん患者が西洋医学の治療を受けると、まず間違いなく免疫カをふくめた治癒力は一時的にせよ、落ちる事になります。

がん患者には元々免疫カの低下した人が多いことを考えますと、西洋医学の治療を受ける場合でも、その前後に免疫力を上げておく必要があります。最近、抗がん剤の副作用を恐れる人々が増えている背景には患者の免疫状態を輕視した抗がん剤投与が、がん死でなく副作用死を招来するのではないかとの不安と批判があるように思います。

 当会顧問の帯津良一先生はがんの治療として西洋医学(手術、抗がん剤)に中国医学(漢方、気功、食養生,と心理療法さらに民間療法を加えられ、従来の西洋医学単独に比べ数段良い成績をあげられています。中国医学や心理療法は免疫力を増す方法であり、極めて理に叶った組合わせと考えられます。しかし、現代医学的には漢方、気功、食養生、心理寮法などの評価が定まっていない為、これらを西洋医学に加えた帯津先生のホリスティックながん治療は標準的な方法とは考えられていません。

 帯津先生はがん治療で有名な都立駒込病院で消化器がん 特に食道がんを専門として活躍された経験豊富なオーソドックスな外科医ですので、当然、治療法の安全性を確認された上で慎重に選択されています。

 私のクリニックでも西洋医学の治療後の再発予防、西洋医学的な治療法を拒否した方や西洋医学的には打つ手がないと.主治医に判断された患者さんを対象に帯津先生の方法に準じ、身体的なキュア(治寮)と共に心理的なケア(援助、癒し)を重要視したホリスティックながん治療を外来で行なっています。

まだ評価できる段階ではありませんが、従来では考えられなかった生存期間の延長とQOL。(人生、生活の質)の改善がみられ、免疫力の増強効果を実感しています。今後は、一人でも多くの医師にホリスティックながん治療が理解、賛同され、実践してもらえるように質の高い医療活動を地道に続け、可能なかぎり科学的な評価に耐えうる治療体系づくりをしていかなければならないと考えています。




   『私のホリスティック医学観』 (第5回)
                     ・金子一郎・東海ホリスティック医学振輿会専務理事
                     ・経営情報センター取締役
                     ・医業経営コンサルタント

ではお静かに…
最近近くに住む老人に出逢った。『いつもお元気ですね。長生きの秘訣は?』『死なないことだ!』『……』
 死はいつか必ず訪れる。地球上に何億の死があっても、古今の哲学や最新の科学を学び、他人の、死にざまを見せられても、所詮は他人の死であり一般論でしかない。人は結局自分の死を死ぬことしかできない。

ギリシャ語で人間とは「死すべきもの」という意味である。故に「人間にとって最上のことは生まれぬこと、けれども生まれたからには次善の道は出来るだけ早くもとの国に戻ること」という諺がある。生を与えられれば致し方はない、死ぬまで生きぬかねばならない。死を語ることは生を語ることであり、どう生きるかはどう死ぬかと言うことである。
 近頃尊厳死という事が言われるようになった。

しかし今日の日本の病院ではそうした尊厳ある死はほとんど見られない。ひたすら延命をはかるため口や鼻孔に管を通し、強い注射をする。まるで拷問である。

 人間は言葉を使う生き物である。人生の最後に何をしたいかといえば、何よりも家族や世話になった方々に言葉がしゃべれる状態で最後までいたいという欲求が最も強いのではないだろうか。そのために医療は痛みの徹底的なコントロールだけをしてくれればいいのである。あとどうするかは患者自身が考える。そこには西洋医学も東洋医学もない。あるのは唯、己の欲求だけである。医療の使命は、この欲求をいかに受け入れることができるかどうかということであろう。

若くして癌でなくなった細川宏氏は『もし医師が不治の病を宣告する時、その後の毎日をどうその患者と対決し、会話を交わしていくつもりか。それだけの人間的力量をはたして医師に期待してよいものか』と言っている。医師だけではなく、家族にもその用意があるかどうかだ。ホリスティックな考え方の存在価値はここにあると考える。
どう生き、どう応対し、どう死ぬか、人類永遠のテーマであろう。私はこう有りたいと願っている事がある。その一つをここに書いて終わりにしたいと思う。

 山岡鉄舟が死の床について今日明日の命となった時、勝海舟が見舞いに行った。鉄舟は海舟が来てくれたというので床の上に正座していた。海舟はその前に座り、一言言って去ったという。
『いよいよだそうだな』
『左様』
『ではお静かに……』

BOOKS金子一郎先生が薦める本のご紹介
☆生きるための死に方  新潮45編 新潮文庫
☆死ぬための生き力   新潮45編 新潮文庫
☆行雲流水の心      松原哲明 洋伝社
☆盛運の気         無能唱元 日本経営合理化協会
☆クレヨンしんちゃん    臼井儀人 双葉社



  大正、昭和、平成と激動の日本近代史を生きてこられた女性医師一増田英子先生。増田先生の人生はそのまま、それぞれの時代の拘えている苦悩と課題に果敢に取り組まれてきた人生です。

 まだ封建性が色濃く残っていた時代には、女性の地位向上を目指す婦人運動に力を尽くされました。そして結核が死亡率第一位の時代には、法定伝染病の撲滅に若き医師としてその惰熱を燃やされた日々。愛知県で初めての身障者コロニー中央病院女性部長になられた頃は、重症心身障害児の心とからだに向き合われていました。

死亡率の第一位がガンになった咋今は、保健所長としてガン検診に取り組んでおられます。さらに、中国医学、気功を学び予防医学にも力を注ぎ、現在はホリスティック医学の普及にも務められています。

  ホリスティック医学が広がっていくためには、科学的であることを存在基盤に置く西洋医学の医師にとって、心や霊性(魂)の部分の抵抗感をどう取り除くかが鍵になると考える増田先生は、現在「波動」の研究にも取り組んでいらっしゃいます。

常に人間の心とからだの健康に取り組まれてきた増田先生がホリスティック医学の世界に来られたのは自然の流れだったのでしょう。増田先生の研究の視点には常に、「人間、自然、いのち」への慈しみが感じられます。

「私が東洋医学を学びはじめたのは、臓器移植があたかも当然の医学の勝利、科学技術の進歩と認知されている医学界の精神風土に危機感をもったからです。現代は、科学技術の進歩それ自体が目的化して、人間のいのちの尊厳、いのちへの真摯な取り組みがなおざりにされています」と増田先生はおっしゃいます。

それにしても増田先生の医師としての情熱、一人の人間としての自己実現へのたえまない研鑽、女性としての若々しさはどこから生まれてくるものなのでしょう。

「祖父、父と代々開業医だったんですが、兄達が開業医になることを嫌ったので、私が親孝行のつもりで我家を継ぐ覚悟をしたの。夢と希望に燃えて医師になり、さあこれからという時に名古屋の大空襲。継ごうと思っていた我家が一夜にして焼け野原になり雲散霧消。

我家の焼け跡に立った時のあの喪失感、空虚感は私の心の深い部分に傷を作りました。でも、逆にこれが私自身の職業的使命感、いのち、そして白然への畏敬の念、自分の人生への情熱になっているのかもしれませんね」
最後に増田先生の好きな言葉です。

『世界がぜんたい健康にならないうちは個人の健康はない』
『厳粛にそして朗らかに生きよ』
『自然を愛し 世を愛し 人類を愛しつつ絶え間なき向上への努力理想へのあこがれ真・知・善・美・の追求 そは久遠の光を望む人々の日常でなくて何であろう』(岡部)




                 

 「人間は閉じこめられた動物だ一自分の籠の外部に/人間は自分の外で動いている。」と語ったのはヴァレリーであった。ヴァレリーの時代から50年以上たっが、今もこの言葉は、我々にとって新しい。

去年8月、私はこんな詩を書いた。自分の外で動こうとした私に、自分の外から警告が発せられた。

   家を出てすぐに
   ケタ高2メートルの高さに気がつかず
   キャリーに乗せていた自転車は
   キャリーもろとも破滅状態
   自転車のサドルは根元で折れ、'
   これは俺の頭ではないかと思ったり
   こいつが犠牲になってくれたのか
   思念は現実を呼ぶ
   悪い思念は事故を呼び 良い思念は成功を呼ぶ
   嫌だ 憎しみ それから嫉妬
   注意ケタ高2メートル そのゲートをくぐるなり
   それらの思念は現実化した(「信州感傷旅行」1)


  一方、ピートたけしの入院生活の手記の一節に次のような部分があり、この詩の気分と酷似しているのに驚いた。「今の自分は、そして日本は、(中略)前に進んでいるという実感が起きない。空転して、自分を壊す結果になってしまう、オレのバイク事故のように。何がリアルで、何がリアルではないのか。何が切実で何が切実でないのか、それが分からない。」 

こんな精神状況の中で出会ったのが、咋年10月初めに「湯の山ゆらぎ園」で行なわれた、塚本純久さんのアートセラピーであった。

その日、早めに着かれた純久さんが河原で拾われたという石を、机の上に広げられる。色も形も大きさも違う石の数々。参加者はそれぞれ好きな石を選んで理由を述べていく。同じ石を選んでも、見る側面が全く違っていることに気づく。みんな感じ方が違うんだと実感すると同時に、私自身の感じ方を大切にしようと思う。

翌日、自然のものを利用し、自分の物語を作ろうという見通しを持って、ハイキング。清流の中に足を入れると、水が冷たくて目が覚める。朝の柔らかい光を受けて、波紋が現れては流れ、消えていく。

 ゆらぎ園に戻り、各自が好きな場所に気に入った石や木切れを並べ始める。私は、白線が入った石が好きで、2つ持って来た。「僕、スイスでも、こんな石集めてるんです」と純久さんが話しかけられる。「じゃあ、これ差し上げましょう」と答えると「それがいけないんです。
こうすると、もう何が何やら分からなくなっちゃう」と即座におっしゃる。人への親切心から“私"へのこだわりを捨ててきた自分に気づく。
いよいよ物語の発表。選んだ理由や配置のわけを話すうちに、自分の人生を語り始めているから不思議だ。
私の物語こ一一つ目の石は、純久さんが見つけられた小さな石とでワン・セット。純久さんの石から、私の石へと白い二本の線が伸びていく。その向こうには、湯の山の霊山がある。二つ目の石は、石の中を貫く白い太い線が滝の落下を思わせる。鋭角にくい込むような置き方のほうが切実だ。異質なものを受容して、成長しようという思いが、これら二個の石を還ばせた。

 このように語っている間、参加者の皆さんの声や拍手による励ましがうれしかった。久し振りに心から語った。
翌日、日記にこのことを記したが、その時も夢中になって一気に書けた。それはなぜか。私は続いてこう書いた。
「これが、『僕の物語』であるからだ。『僕の物語』は僕の魂と関連しているのだ」と。
こんな「僕の物語」によって、自分の人生は構成される。これからも迷いは起こるだろうが、「僕の物語」であるかどうかが、選択の基準である。
 幸いに、先の自転車はかなりの修理を経て、また以前のように走れる状態になり、もうすぐ私のもとに返ってくる。


☆編集後記☆
  以前より.夜間に咳が止まらず呼吸がスムーズにできないことが時々ありました。どんな薬を飲んでも咳はおさまらず楽に呼吸ができないのです。苦しんでいたある日、母から私の生まれた時のことを聞きました。

へその緒が首に三重も巻かれた状態でとても難産だったそうです。どうしてこのような状態で生まれてきたのか…どうして今、自然に呼吸できないのか…

こんな時に、最高なくすりに出会ったのです。心のこもったあたたかい言葉をいただいたことで、私の今の症状がからだの声であることに気づきました。その声に耳を傾けたら、呼吸が体が楽になりはじめたのです。(五十部)
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