 |
 発行人:恒川洋
編集スタッフ:岡部明美 五十部富美子 田島亜矢子 高橋淳子
|

vol.04 1995.02 |
|
〜新しい医学の潮流〜
◆愛知県赤十字血液センター
◆中日気功研究会副会長
戦後50年、科学技術の進歩が本当に私たちを幸せにしたか?《医療の分野》でも、“科学の進歩"と人間の幸福について、私たちは、常に正しい判断力を持たねばなりません。
現代医学の主流は、臓器別、細分化傾向が強く、人体を機械論的に見がちです。医学は、生きて、生活している人間が対象なのです。見えない部分の存在としての人間、《波動》をキーワードとする“気"の動きにも注目してほしいのです。非科学的というだけで(今の科学のレベルでは証明出来ないという理由で)排除することは、医学の進歩にとってマイナスです。
西洋医学体系の弱点を補う「癒しのための総合的な医療」が望まれているという時代背景から、今まさに西洋医学と東洋医学が出会い、新しい医学の潮流が生まれはじめているのです。
東洋医学体系には『大自然のはからいに思いをよせ、“いのち''は天地自然の中の一部として生きている』という、人間をまるごと、全体として見る思想的背景を持っています。気の医学は、心身一如の「生命エネルギー」の存在'を実感させてくれます。
人間性の医学
さて、気の医学以外にも、新しい医学の潮流を感じさせるものがありますので、いくつかを述べさせていただきたいと思います。まず今年は4月に名古屋で第24回医学会総会が開催されました。会頭の飯島先生が「人間性の医学」と題して格調の高い講演をされました。
私たちの「東海ホリスティック医学振興会」の目指す医療の理念も『人間性の医学と医療を一生命の世紀をひらく一』という医学会総会のメインテーマと合致するはずです。しかし現実的には「目前の病める人・今悩んでいる人」一人ひとりにどうかかわるかが問題です。具体的な取り組みの方法を考え、行動しなければなりません。
飯島先生は、キーワードとして「人権」と『患者の白由意志の尊重」ということを強調されました。
これからの医療
疾病構造の変化と、進展する高齢化社会の現実にも敏感に対応しなければなりません。ホスピス医療を「敗北の医療」などとは考えないこと。プライマリ・ケアの役割を重視し、充実した患者の人生を援助し、不安と苦痛を和らげ、自己実現と自己治癒カを最大限に尊重できるように、総合的な医療を目指すべきです。在宅医療のありかたにも多くの課題が残されています。
科学技術の進歩があまりにも急激で、自然の法則を無視した場合、必ず歪みが生じます。その為には、医療者の側ばかりでなく、患者の側の正しい認識と節度も重要で、相互理解への努カが必要です。
あやまちを犯さない医療
私は現在、血液センターに勤務して、近代科学の進歩の一端を担う、輸血用血液、血液製材の原料としての血液の採取の現場にいます。周知の通り、血液は命を救う反面,感染の原因になりうる危険性があります。多くの善意のドナーによる無償の血液、「骨髄バンク」への登録希望者の自己犠牲の行為にも接しています。
しかし善意があっても、人知の及ばない、未知の思わぬ危険性が潜んでいるかも知れません。謙虚で真摯な姿勢が求められますし、その時その時代その国の、医療水準やコンセンサスも、重要な課題になります。
先端医療として、注目されている遺伝子医学や臓器移植などの医寮は、美談として受け止めるには、まだまだ多くの問題が残されているように思います。
インフォームドコンセントということ
インフォームドコンセントは、治療計画に関してばかリでなく、東洋思想の根源にある「肉体は有限のものという温和な「死生の哲学」を前提として、『信頼するお医者様に手を握らわて死ねたら満足』と言われるような医師と患者の信顛関係としても受け止めたいものです。
同朋大学の田代俊隆孝先生が《ピハーラ研究会》として活動なさっている数々の実績は、ホリスティック医療の仲間として、新しい展開が期待されると思います。

“いのち”の教育と死への準備教育を表裏一体のこと(デス・エデュケーション)として捉えておられます。
《死の看取り》を現実に体験したかどうかは“いのち"を知るのに大きな影響があります。生命に対して、傲慢な医療の場には《真の癒しの場》は成り立たないと思うこの頃です。
痛みのわかる癒しの場
病気、病人の特性に合った、チームアプローチが必要です。昔私は、自宅に結核の「自宅療養者の会」を作ったことがあります。患者自身の自己実現と自己治癒力の形成に役立ったようで、非常に喜ばれました。《痛みの分かる癒しの場》を作っていくことが望まれています。
先日、とても面白いお話しを聞きました。それは『人という字はノと\が支え合う、今までの人間関係、これからは、Hの関係も加えて考えて行きましょう』と言うのです。スグには意味がピンと来ませんでしたが、答えは『H』という字は
HーHと人が手を繋いた形でありHUMANのHでもあります。印象深い内容でした。
「気の医学」はやすらぎの医学
『気功の効用』について、帯津三敬病院での帯津先生の実践的ご活躍により徐々に理解されつつあります。
(「気功で病気を治す小辞典」;帯津良一著・二二晃書房参照)
調心・調息・調身という気功の三要素の、基本知識を身につけて“気"という《いのちのエネルギー》を“癒しの場"に取り入れることは、新しい医療の概念に不恩議な安心と希望を与えてくれます。
私自身は、背骨を中心として、脊髄の前後、左右、ねじり、∞、無限大の自由な動きなどを通じて、仙骨から頭蓋につらなる歪みを矯正し、イメージによる気のめぐりを味わう『禅密功』に出会ってから《これこそ西洋医学と東洋医学の出会いの気功法》と信じて、皆様にお薦めしています。
《気の医学》こそ、未病の医学、であり。やすらぎの医学です。『禅密功』から学んだ、東洋医学と西洋医学の接点については、折りがあれば述べてみたいと思います。
|
|
|
Q:長年・慢性関節リウマチに悩む患者です。病院にも通院しているのですが一向に楽になりませせん。友人から「気功」をすすめられたのですが、「内気功」「外気功」の違い、特徴、効果など、それぞれ教えていただけますでしょうか。 |
《内気功について》
A田中陽子(中日気功協会理事.当振興会理事
違絡先:052-652−6395〒455名古屋市港区品川町2-1-45
現在は、様々な健康法が氾濫している中で、気功健康法がブームになっています。
1953年に、中国の劉貴珍先生により、いろいろな練功法を総称して“気功"と名付けられ、功法も千種類以上といわれます。
気功の気とは、目に見えないが体感できる「天・地・人」を満たす、蓄えられたエネルギーのことです。
本来先天的に備わったエネルギーを先天の気といい、これに対して後天の気、すなわち母体より離れて後天的に得るエネルギーのことで、これを分類すると、空気を肺に吸いこみ(肺気)、地の栄養を吸収、生長、収穫した食物が胃に入り消化され(胃気)、この肺気と胃気が、人体の体の廻りを防衛している“衛気"と、経絡を流れて体を運営する“営気"を作り出します。
空気や食物以外に、意識して気を取り入れる練習法が一つの気功法です。気功の功とは、積み重ね、トレーニングという意があり、練功し、内気を充実させていくと自然治癒力、免疫力が高まってきます。
内気を充実させる訓練法と平行して、自分の内なる心のコントロール、平安な心、ゆるきない平常心、何事も受け入れる大きな心、この内面的、内面的な心の作用を調和させる“心の調和''が、気功法の最終目的のような気がします。
中国では、超能力は備わったが人徳的に劣っているなどで、本物、偽物気功師で混乱していると聞きますが、日本でも同じような現状です。
気功師、気功指導者の資質が問われる時期が来ていると思います。
真の功徳は、10年や20年では得られす、一生が修練の道のようです。
自然を愛し、自然に感謝、人を愛し人に感謝の心を持続しながら、一人でも多くの人に知っていただく為にも、気楽に、老若男女誰でも無理なく、分かり易く、そして楽しみながらやれる気功法を、私の畢生(ひっせい)の仕事として、伝えていきたいと願っています。
|
|
〈外気功について〉
A:幸松峰(中医師 北京中医薬大学、当振興会理事)
連絡先:052-782-2608〒464名古屋市千種区国山町1−41メゾン国山202
気功とは、読んで字の如し“気"の“功"です。では、“気''とは何でしょうか。
気は、従来、中国文化をはじめ、古代からの哲学思想上の概念です。それは内気と外気の二つの部分に分けて考えられています。
内気はそれぞれの客観物体の自分自身を生じて、推動して、変化させる力ですが、外気は他物や他者の作用カを受けて、自体を変化させるものです。自体に対して、この外部からの作用カは外気と呼ばれます。
“功"とは何でしょう。功は時間を積み重ねて一定のやり方の規則に従って工夫することなのです。功と術は違う面もあります。
術は単なる方法で考えられるが、功は術と時間と効果の3つから考えられ、総合的に判断されます。
外気功は自然法則に応じて、いろいろな具体的な技法を加えて他者に向けて行なう総合技能なのです。
ある時、自分の気力で立ち上がれない場合、他者からの作用力(外気)を施され、元気が出て、病気を治すきっかけになるとても'有意義な方法なのです。
ご質問された方の慢性関節リウマチは膠原病の一つで、関節だけでなく全身の病気です。現代西洋医学の治療法として、内科、外科、リハビリテーション各分野を分けて行なっていますが、多くの患者さんは満足な効果を認められないようです。
外気功として、気功点穴術という療法がありますが、私もその療法を施しております。
人間の生命力は気血などにより維持されています。気血は人体の経絡に従って刻々と巡っております。
経絡上にいくつかの気血の集合所に当るツポ(穴)があります。具体的にこのようなツボに対して、気功の作用力を行なうと苦痛が解消され、病を癒し、健康の回復に役立ちます。
気功点穴術はいろいろ独持な技法を使って自己治癒カを高める療法なので、慢性間接リウマチにも効果が認められます。
|
|
|
|

フェルデンクライス・メソッド
解説者深沢悠二(フェルデンクライス・メソッド研究家)
連絡先0467一32-2648〒248神奈川県鎌倉市常盤937一38
このメソツドは動きを手掛かりとして誰にもある「無意識の緊張張」に気づいてゆくボディワークです。キーワードは気づきです。それは気づきには動きの質を良くしたり緊張を和らげたり、心身を癒したりする、驚くべき作用があるからです。
レッスンは、「小さな」「やさしい」「ゆっくり」とした動きの中で、気づきを確かめながら進められます。また「気持ち良さ」を重要な動きの尺度とすることも、このメソッドの特徴です。従って誰でも容易に楽しく気づきを学ぶことが出来ます。

欧米や、また最近では日本でも、治寮関係者は勿論、スポーツ界や芸術関係の人々、その他、識者の間で大変注目されております。レッスンの後のからだと心の解放感は、何より生きる喜びや楽しさを実感させてくれます。
私はこのメソッドこそ「人生の質」Q・O・L(クオリテイ・オブ・ライフ)を高める具体的なノウハウだと、思います。
註)創始者モーシェ・フェルデンクライス博士1904〜1984年イスラエルの科学者
紹介書 からだと心のマネジメントーフェルデンクライス・メソッドヘの誘い一深沢悠二著 |
|
|
キネシオロジ一とワンプレインシステム
解説者:石丸裕高(キネシオロジ一トレナ一・ストレスコンサルト)
連絡先:06−821−3077〒560大阪府豊中市東寺内町12-18一601
キネシオロジーは、筋肉反射を研究する学問です。筋肉に走る電気信号を読みとって、臓器の調不調を調べ、臓器のエネルギ一バランスを取ることが出来ます。
近年この技術が飛躍的に発展し、心の状態までもが正確にキャッチ出来るようになりました。その中でも最先端を行くのがアメリカ西海岸で開発されたワンブレインシステムです。
これは、キネシオロジーの技術を応用してクライアントの意識を通さずに直接、潜在意識や体と対話できる方法で、研究の結果99%の精度を持つ「振る舞いのバロメーター」及び構造機能学」としてチャート化されました。
この心の法則とキネシオロジーの技術を使って通常のストレスをとるだけでなく、これまでのどのセラピーも扱えなかったクライアントの胎児期、乳時期の心の傷(トラウマ)をいとも簡単に癒していけるようになっています。
|
|
|
私のホリスティック医学観(第7回)
加藤秀夫 陶芸家、芸術療法指導者、当振輿会理事
連絡先0593-92-2361〒510−12三重郡菰野町菰野8474-116
大切なものは何か
今日、医療は大変発展しました。今まで治らなかった病気もどんどん治るようになり、できなかったこともできるようになりました。これはすべて人類がいのちを大切に、またいのちを失いたくないという願望がつよく働いたせいだと私は思うのです。
いのちを大切にするこころが、高度な医療技術を産むだしたのです。ところがこの急速な発達がおもいがけないプレセントを私たちにしてくれました、たくさんの「?」です。
例えば、赤ちゃんのできない夫婦の間にも産むことができるようになりました。配偶者間の体外受精では、保存用の凍結受精卵は、離婚したら誰に帰属するのか。また夫の)死後それを着床したとすると生まれる子は「死人の子」ということになるし、非配偶者間の場合ではドナーを秘密にすることは子供の人権侵害にはらないか、という「?」がでて親子とは何かが問われます。
脳死を前提として臓器を移値する場合も脳死の判断は「?」です。自分の力だけではとうてい生命を維持できなくても、高度な延命治療技術により死をまぬがれることができます。しかし、そうやって生きていることが人にとって幸福なことなのでしょうか、私たちが願っていたいのちを大切にすることなのでしようか。
このように多くの「?」は人類がひとつずつ解決してゆかねばならない宿題として与えられました。しかし、この宿題には正解を教えてくれる先生はいないのです。あまりにも発達しすぎたいのちを大切にする技術にとまどっている私たちなのです。
そんな時代にホリスティック医学という観点がクローズアップされてくるのは、当然なことかもしれません。ホリスティックな目でもう一度回りを見ることにより、私たちの忘れかけていたことがたくさんあったと気づくのではないでしょうか。それはみんな人間の手のぬくもりのように、やさしくてあったかいもの、ここちよいもの、本当にほしかったもののような気がします。
そねらをもう一度取り戻すためには、自分をみつめなければなりません。じっと深くみつめるのです。本当の自分を探し出して自分の中の「やさしいきもち」を見つけるのです。
このやさしさを自分以外の人に向けることによって、生きることの自信は深まり自分を見失わない日々を送れるのです。ありのままの自分をみつめることで、自分以外の外の世界にも柔軟な目を向けることができ、おだやかな精神性が抵抗カの高まりや免疫機能を促進させ、自然治癒力を生み出すのではないでしようか。
今も発達しつづける文明社会の中で、私たちは本来もちつづけているいのちを大切にするこころを、もう一度思い直す必要に迫られているような気がします。
連絡先0593-92-2361 〒510−12三重郡菰野町菰野8474-116
加藤秀夫先生が薦める本のご紹介
☆丸山真男著「日本の思想」 岩波新書
☆和辻哲郎著「風土」 岩波文庫
☆川喜田二郎著「素朴と文明」 講談社学術文庫
☆村上陽一郎著「日本人と近代科学」 新曜社
☆夏目漱石著「道楽と職業」『私の個人主義』 (「日本の名著42」中央公論社より)
☆川喜田二郎著「素朴と文明」 識談杜学術文庫
|
|
|
セミナーレポート
ホリスティック医学セミナー95
「糖尿病に対するホリスティックなアプローチ」95年4月15日 於:中区役所大ホール
特別講演●「糖尿病診療の現況」国立名古屋病院内科医長
○「全国の糖尿病諸君、結集せよ!」藤本敏夫氏(糖尿病患者の会「全糖連代表・自然王国代表)
シンポジウム⇔「これからの糖尿病の診療を考える」新実先生、辛松峰理事、竹内郁子理事、恒川洋会長
新実光朗先生(連絡先:国立名古屋病院052−951−1111〒460名古屋市中区三の丸四丁目1−1)
「糖尿病治療の主治医は、我々医者ではなく患者さん自身」。開口一番、新実先生が口にされた言葉です。さらに、「糖尿病は、高血糖症という症状であり、正確には病気ではありません。病気だと思うとどうしても医者任せになりますので、本当は高血糖症と名前を変えたほうがいいかもしれませんね」、と新実先生。
糖尿病患者は、現在、総人口の5%、600万人。40才以上の日本人のなんと10人に1人が糖尿病というわけです。
成人病の王者である糖尿病患者の増加率は、高度成長期から始まった乗用車の普及率,砂糖の消費拡大と軌を一にしています。「便利さ」と「快適さ」と物質的豊かさ」を幸せな生活の指標として邁進してきた戦後日本が生んだ”生活の質"一それこそが、糖尿病患者増大の本質です。
社会の「存在」(ありかた)と一人ひとりの「存在」がリンクして生まれたものが糖尿病である以上、確かに、糖尿病をお医者さんに治してもらいたいと望むことは、自分の日常生活の習慣や生き方、'社会環境を治療してくださいと言っていることと同じになります。
それでも、心優しき新実先生はこう言います。「医者に行く度に、毎度紋切り型に、食うな、飲むな、運動しろばかりじゃいい加減イヤになるでしょう。だから、僕はこう言うんです。食べるのなら上品なグルメになりましょう。美味しいものをちょっといただいて満足できるように少食を習慣化してください」と新実先生のご講演に糖尿病治療の特効薬の話でも期待されてきた方はガッカリされたかもしれません。
しかし、糖尿病の治療に特効薬を望んでいること、医者が治すものという考え方自体が、矛盾を孕(はら)んだものであることに患者自身が気づくことが今何より重要なことなのではないでしょうか。病原菌を抗生物質で殺せば病気が治った感染症の時代と「病気の質」が全く変わってしまったのですから。
藤本敏夫氏
「全糖運」(全国糖尿者連盟)を結成し、「藤本敏夫の糖尿病変革論」を最近上梓された、ご自身が糖尿者である藤本さんのお話は、糖尿病のマイナスイメージを払拭するものでした。藤本さんは言います。「高血糖を生み出したのは、自分の生活であり、自分を取り巻く社会関係だとすれば、糖尿病を治すということは自分を治すということ。
さらに、人間と社会と自然との関係の総体を文明と呼ぶのならば、文明を治すといわねばならない。糖尿者は自らを時代の先端の質と認設し、その心と体を通して、時代変革の予兆をかぎとり、新しい文明社会のあり方に対し働きかけうる役割をもっている」。
さすが、天才的アジテーターとして名を馳せた元全学連委員長の手にかかると、贅沢病、自業自得と冷たく見られる糖尿者も、文明史的役割を担った重要な存在として位置づけられるのかと感心してしまいました。しかし、今でこそ「全糖連」などを旗あげした藤本さんですが、ここに至るまでには、多くの糖尿者と同じように、自分が糖尿病であることをひた隠しにしてきたそうです。
なぜならば、鴨川自然王国を作り、自然食品の会社を経営する自分が糖尿病になるなど、まさに言行不一致、人間失格であると思ったからだそうです。その藤本さんが漢方との出会いから中医学に関心を持ち、さらにホリスティック医学に出会い、糖尿病と文明との関係を論ずるに至るまでの経緯をたくさんのエピソードをまじえて楽しくお話しされました。
「糖尿病は、代謝疾患とも退行性疾患ともいわれますが、これは一生命体として、我々人間の生命力が弱体化しているということ。西洋医学だけで治せない成人病がこれだけ増えているということは、この社会、文明自体に大きな問題があるということです。
その問題が、一人ひとりの生き方の歪みと重なり、症状として、糖尿病として現われる人、ガン、アトビー、精神病として現われる人、その現われ方が違うだけで、'根っ子は同じ。近代産業社会を基本原理とした社会構造、生活文化を変革する時が来ているのです」、と熱く語る藤本さんでした。(岡部)
【まとめ】恒川洋(当振興会会長)
成人病の代表である糖尿病は、発病や進展に食事や運動などライフスタイルの影響が大きいことから生活病とも呼ばれます。新実先生は高皿糖状態が続くと心血管病変などの他、独特の深刻な合併症(失明、尿毒症、末梢神経障審)が起こることから、合併症の予防や進展防止のため医療側としては厳重な患者管理、教育をせざるを得ない状況と共に、治寮の主体はあくまで患者であることも強調されました。
一方患者でもある藤本氏は糖尿病を個人的な疾患ではなく現代文明の落とし子とみなし、単なる医学の問題を超えて、杜会的、文化的な視点から捉え、患者は医者の管理を脱して自らが時代の先端の質であり、新しい文化の担い手であることを自覚し、行動するべきと提案されました。
一見異なった意見のようですが、糖尿病が最抵限の医療の管理を要するものの、最終的には患者の自覚と自己管理の病気であ、患者自身の人生観、生き方が反映されるという点で、両講師の考え方は一致していました。
シンボジウムでは、糖尿病の治療の新しい試みとして中国医学の可能性が議論されました。
ホりスティツクな医療の考え方の基本は病気の治療や予防の主体はあくまで患者であり、自分の心身の健康は自分で守ることです。今後、糖尿病をはじめとする成人病の診療には、さらにホリスティックな視点からのアプローチが必要になると考えられます。
@「ホリスティック医学セミナー」に参加された動機は?
・東酉両医学の認識を深めたいと思って ・現代医療にはない何かを求めて ・家族が糖尿病のため
・糖尿病の状態がよくならないため何かヒントがほしくて ・振興会の活動に関心があったから
|
A新実光朗先生の特別講演のご感想は?
・量より質への現代的な食べ方の点などがスライドを使われていてわかりやすかった
・糖尿病というマイナス面をプラス面として見る考え方が新しかつた・患者が主治医という考え方は面白い思った
・食事療法がいかに大切かがわかった・もっとつっこんだ話が聞きたかった・もっと新しい情報がほしかった
|
B藤本敏夫氏の特別講演のご感想は?
・糖尿病は病気ではないというユニークな発想に大変興味をもった・糖尿病は文明病というアプローチが面白かった
・糖尿病は治らないと言われてかえって気が楽になった・藤本さんの闘病物語をもっと詳しく知りたかった
・繍尿病患者は「〜ねばならない」ばかりでストレスのかたまりになっていて、それが挫折の元というのは本当です
・ユーモアたっぷりで楽しいお話でした。勇気づけられました
|
Cシンポジューム「これからの糖尿を考える」のご感想は?
・各先生の専門の立場からの話が面白かった・パネラーの入選が良かった ・降下剤の副作用の説明は艮かった
|
|
|
|
事務局だより
「来るもの拒まず、去るもの追わず」…などと、格好よく、ものわかりのよい振りしているけれど、去って行くものは、者でも物でも、やっぱり淋しく悲しい。
8月の暑い日、租父が他界した。最後に話した言葉は何だったろう。…「またお見舞いに来るね」と私も祖父も笑ってた。最後の別れが笑顔で良かった。
古いもの、過去のものへの別れは、もちろんつらく切ないけれど、そこから抜け出ることができた時、本当に目の前が「パァーツ!」と、明るくなる気がする。
現在、いろいろな転機が訪れている。「私も一から」「また一から」こんなに楽しいことはない。また初めからコトが運べる。いくつになっても、誰でもスタートできるんだってこと、学んでいる。(田島
|
|
|
|
|
 |
|
 |