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東海
ホロス ホロス通信
 発行人:恒川洋
 編集スタッフ:岡部明美 五十部文子 田島亜矢子 高橋淳子
通信
目次

       

 4・東海ホリスティック医学振興会の誕生
1991年に、東海ホリスティック医学振興会が結成されました。(当時の私の危機感については会誌[HOLOS]創刊
号の趣意書をご参照ください)

主に東海地方で、それぞれにホリスティック医学に関心を持ちながらも単純にアンチ西洋医学と捉えることに疑問を持つ医療者、療法家、患者そして一般の方々に発会の趣旨を呼びかけた結果、多くの皆様の賛同と協力が得られ、様々な活動が積極的に展開され始めました。

活動の基本はホリスティック医学の研究と普及を目的として、ホリスティックな療法や考え方の体験セミナー教室の開催とホリスティックな医療の情報誌の発行でした。

 6年間に、おそらく日本でホリスティックな理念を基に活動している代表的な方法の大半はご紹介できたものと自負しています。この間、ご尽力いただいた顧問や理事の先生方や会員の方々と折にふれて語り合い、検討した結果をふまえ、私が考えるホリスティック医学の日本の医療における役割と位置づけを呈示したいと思います。

 5・西洋医学と東洋医学の『モノサシ』の違い
ホリスティック医学を考えるに際して、西洋と東洋の生命観や人間観の違い、つまり『モノサシ』の違いを知ることは重要です。

石川光男顧問(国際基督教犬学教授)を始めとする多くの先生方から学んだ知識を基に作製した、私の考える西洋医学と東洋医学の『モノサシーの違いを表1.に示しました。

                  表1. 百洋医宇と東洋医字の「モノサシ」の違い
西洋医学

*狩猟民族的発想
獲物を早く見つけ、捕まえるか、殺す
早期発見、早期治療の発達
殺す医療:抗がん剤、抗生物質
自然は過酷であり、克服するもの
非連続的自然観(神、人、自然)

*考え方、捉え方
分析的、要素還元的、機械論的
演えき的、実験的 理性的(理論的、普遍的)
心身二元論
臓器、内臓系の医学
偏差値(平均値)の医学
画一的、一元的価値観


*西洋的生命観
病気は悪、排除すべきもの
(病魔に冒される)
生老病死は変更可能なもの
(病は予防、克服できるもの)
(死は敗北)
進歩的、無限的努カ、前向き、
積極的、成長的、幼児的
(未知なる領域や可能性への挑戦
:仮説、実験、統計的処理)
(なせばなる、なんとかする)
対立的関係性(心身、理性と感性)

*取り扱う対象;
目に見えるか、測定可能なもののみを扱う
(数量化可能:定量的)

*医療観
病気を取り扱う医学
能動的:病気は治すもの
寿命は延ばすもの
定状とは治療で取り除くもの

*病気の診療とは?
人間を体と心に分け、さらに体を、臓器から遺伝子まで細分化し、様々な科学的手法により病気の原因を診断し、病名に従い、定められた治療をする。


東津医学

*農耕民族的発想
囲いで動物から畑を守る
バランス、自然治癒カを重視
守る医療:各種養生法、健康法
自然は恵みであり、調和するもの
連続的自燃観(仏一人一自然)

非分析的、包括的、全一的
帰納的、思弁的、観念的
感性的(体験的、主観的、個人的)
右脳的傾向
身心一如、病は気から
空間、体表系の医学(経絡、経穴)
個体差(体質、証)の医学
多様性、多元的価値観

*東洋的死生観
病気はきづき、病気と共存する
(病は苦、持病、病いも身の内)
生老病死は自然の理(ことわり)
(病は人生のプロセスのひとつ)
(死は必然)
諦観、限界内努力、病いは文化
消極的、不変的、長老的
(原理先にありき:易、八卦、陰陽五行説、ヴェーダ哲学)
(なるようにしかならない)
循環的関係性(陰極れば陽に転ず)



目に見えない、測定不可能なものも扱う(気の慨念、プラーナなど)(数量化不能:定性的)


病人を取り扱う医学
受動的:病気は治るもの
     寿命は超えられないもの
症状とは体調が好転する時の反応
:体調好転反応


病気を体内のバランスの異常と捉え,自然治癒力を高めて人間全体の歪みを是正する為に病態の把握を重要視,
患者の病態に応じて対処法を選択。


西洋と東洋の自然観、生命観の違いがそのまま医学観の違いに表れているように思います。
現代の医療がほぼ西洋医学の『モノサシ』で計られている現状で、例えば、西洋医学的に診て治癒不可能と考えられる末期がんの患者さんを、病気は悪、排除すべきであり、死は敗北だとする西洋医学の『モノサシ』だけでは計り切れるものではありません。

時には東洋的な医学観を必要とする病態があり、死生観を持つ患者さんがいるかもしれません。
皮肉なことに、西洋医学の発達は西洋的な医学観のみで対処できる病気や患者の他に、その『モノサシ』からはみ出してしまう人達を産み出すことになったのです。
 例えば、今、国政の場で議論されている『脳死は人の死か?』問題にもこの東西の生命観、医学観の違いが端的に表れています。
自然はホリスティック
 西洋では『脳死が人の死』であり、この前提の下に終末医療や臓器移植が行われています。
一方、日本では明治以来、西洋医学を正統医学としてきましたが、『脳死が人の死』であるというコンセンサスはまだ得られていないのが実状のようです。

日本の医療は理論的、形式的には西洋的であっても、死の定義、認定という極めて重要かつ根本的な問題になると東洋人である日本人の多くが『脳死が人の死』であるとは簡単には言い切れない、ひっかかる何かを感じているからかもしれません。

 また、東洋的死生観と言っても、日本や中国、インドそれぞれに風土、歴史、文化などを反映した違いがあり、とても一括りにできるようなものではありませんが、西洋と比較するため単純化してあります。
前篇に述ぺたように、ホリスティック医学に東洋医学的な要素が強いことは事実ですが、東洋医学そのものではなく、単なる西洋医学と東洋医学の寄せ集めの医療のことでもありません。

 しかし、西洋医学を中心とする現代の医療を補完し、相補的ではあるが新しい医療概念であるホリスティック医学には東洋的なものの見方、考え方があるため、『モノサシ』の違いを明らかにしました。
この西洋と東洋の『モノサシ』の違いを知った上で、ホリスティック医学の役割と位置づけを考えてみたいと思います。

6.『病院』そして『健康院』とは?
私は、現代の西洋医学の診療の役割を『病院』、様々な代替医療(各国の伝統医学や民間療法など)を含めたホリスティックな診療の役割のことを『健康院』と名づけてみました。
この『病院』と『健康院』という概念は、過去から現在、将来にわたる医療の望ましい姿を視点(医観)、対象、目的、仕組み、適応となる疾患、医療施設の役割分担などの違いから機能的に大きく二つに分けたもので、同じスペース内に並立して存在することが理想です。
表2.にその比較表を示しました。
                     表2.『病院』と『健康院』
『病院』

*祝点
治すモノサシ
自然科学的、生物学的
西洋医学中心

心と身体の医学

*病院とは?
病気を治すところ
(病気の診蛎、治療の易)

*対象
社会的存在としての人間
主に客観的病気(疾病、疾患)
:(DISEASE)

*目的、目標
病気の診療
生命の尊重を第一にする
(病気を適切に診療し、社会への速やか復帰を図る)
医療の進歩
最高の医療'
画一的でも精度の高い医療

*仕組み(システム)
ピラミッド型医療
(概能的、効率的、一方向性)
(責任や役割分担が明確)
役割重視型
(医者、看護婦、患者の区別明確)
他者的;医療者主体の傾向
システム優先傾向
費用:公的負担>受益者負担

*適応となる疾患、病態、状況
救命、救急医療
病気の急性期医療
短期滞在型(短期決戦;時間、日単位)
身体的苦痛の強い状熊など

*医療施設、関連施設の役割分担
総合病院
一般病院(専門的)
有床、無床診療所(専門的)


『健康院』

生き方のモノサシ(幸せ、生き甲斐など)
社会科学的、人文科学的、複雑系の科学
ホリステイツク医学中心、東洋的
(総合的、包括的、全人的医療)
『場』(心と身体と環境の関係性)の医学


健康院とは?
皆が癒され、イキイキ、ワクワク、元気になる場(トボス)
喪失したつながりを回復するところ

個としての人間(本来はつながりあった存在としての人間の中の個人)
主に主齪的痛気(溝い):(ILLNESS)
様々な関係性の歪みから生ずる問題

病人(病者)の診療、癒し
人閥の尊厳を第一にする
(一人ひとりの人生観、生き様を尊重する)
医療だけでなく環境(食、住)の調和
最善もしくは次善の医療、生き方
多様な価値観を重視する医療、癒し



ネットワーク型医療
(循環的、非効率的、双方向性)
(責任や役割分担は流動的)
役割よりも関係性重視型
(非レッテル化、共に創る医療)
自律的:病者中心の関係性
個人優先傾向
受益者負担  公的負担



老年病など退行、変性疾患、健診
病気の慢性期、終末期医療
長期滞在型(長期戦:月、年単位)
心身症、精神的苦痛の強い状態など


一般病院、有床、無床診寮所(一般的〕
老人関連(老人病院、老人保健施設)
終末期医療施設、東洋医学療法施設
ホリステイツクな療養養施設など


『病院』と『健康院』の違いを一言で言うと、[治すモノサシ]と[生き方のモノサシ]の違いと言ってもいいでしよう。
つまり、『病院』とは病気を治すことを目的に、主に社会的存在としての人間の客観的病気(疾病、疾患)を対象として、生命の尊重を第一に、精度の高い診断と最適な治療により速やかに病気を治し、患者の一日も早い社会復帰を図るため、医療者が最大の努カをし、患者や家族も協力するところです。

常に最高の医療をめざし、機能性と効率性を重視するためには、組織の仕組みはヒラミッド型でシステム優先にし、医者、看護婦、患者という役割と責任分担を明確にする必要があります。適応となる疾患や状況は、西洋医学が得意とする救命、救急医療、急性期医療、短期滞在型医療、身体的苦痛の強い状態などが中心になります。

実際には、専門的な医療を行う西洋医学の医療機関が担当することになります。しかし、効率的で精度は高いが、レディメード的あるいはマニュアル重視の定食風の画一的な傾向の強い医療になりがちな欠点はあります。費用負担は原則的に公的保険によって賄われるべきだと考えます。

一方の『健康院I』とは、単に病気の診療を目的としたところではなく、そこに関わることによって切り離されていたつながりが回復し、皆が癒され、イキイキ、ワクワク、元気になる場(トポス)のことです。

『健康院』は、人間の尊厳を第一に、主に個としての人間の主観的病気(病い)を対象として、病者の人生観、価値観をできるだけ尊重した医療、癒しの実現を目指し、病者を中心に医療者、家族、療法家、病者同士などが協力、援助するところです。

 効率第一主義ではない、役割よりも関係性を重視した循環的・双方向性のネットワーク型の仕組みを持ち、病者中心で、システムよりも個人を優先するものです。したがって、責任や役割分担は固定的ではなく流動的で、時には年老いた癌患者さんが若い看護婦の心の悩みを聞いてあげたり、状態の良い患者さんが悪い患者さんの世話をしたりします。

さらに、東西医学の両面からの病気予防、健康増進を目的とする健診、人間ドックなども行われます。
 また、医療だけでなく環境(衣、食、住)の調和や一人ひとりの多様な価値観を重視するため、常に最善ではなく時に次善の医療や生き方を選択することもあります。費用面では内容によってオーダーメードまたは注文料理的な場合、公的負担よりも受益者負担の割合が多くならざるを得ないでしょう。

 適応は老年病など退行、変性疾患、病気の慢性期、終末期医療、長期滞在型医療、心身症や精神的苦痛の強い状態など西洋医学が不得意とする疾患や状況と健診です。現在の医療施設や老人関連施設に加えて、看護や介護サービス施設、終末期医療施設、針灸、按摩など東洋医学療法を含めた様々なホリスティックな藏養施設がその役割を担うことになるでしょう。

以上、極めて概念的ではありますが、西洋医学中心『病院』とホリスティック医学中心の『健康院』の役割分担と位置づけをしてみました。

7.ホリスティックな医療のスタンダード化のために
総論的に『病院』と『健康院』の違いを明らかにしたつもりですが、各論的すなわち現実的、具体的にどのような形と働きを持つたものにするかについてはじっくりと考えなければなりません。 特に将来、日本の医療において『健康院』つまりホリスティックな医療や癒しが『病院』と同じような大きな役割を担い、重要な位置を占めるためには、クリアしなけれぱならない問題が山積しています。

 まず第一には、ホリスティックな医療をスタンダード化するための基準づくりの問題があります。
 近年、厚生省によって国民医療費抑制を目的とした保険診療制度の見直し、医療施設の機能分担の明確化など医療の効率化を図る根本的な医療改革が強力に推進されています。

医療費抑制政策は医療の現場にとって大変厳しいものであり、西洋医学の医療機関といえども、生き残りを賭けた懸命の努力が必要な時代になっています。 一方で、公的な保険診療費の縮小に伴って、保険対象外である自由診療や代替医療などのホリスティックな医寮の二一ズが高まることが予想されます。

 これをホリスティック医学に関わる人々は、当然チャンス到来と歓迎するでしょうが、チャンスの後にはピンチありで、二一ズに応えるためには大変な努力と相当な覚悟が要ることを肝に銘ずるべきです。

 今まで多くの代替医療が保険対象外であったために経営的に厳しかった半面、厚生省や医療関係者から関心を持たれず、それぞれの理念と方法でどこからも干渉されず比較的自由にやれてこれた利点もあったと思います。

しっかりとした見識と充分な知識を有し豊富な経験に裏付けられた誠実な療法家から病人を食い物にする悪しき商売人まで、まさに玉石混淆状態にあるのが現状です。 一人の患者に西洋医学と代替医療が、異なる治療方針の下、別々に、全く無関係に行われている日本の状況は異常であり、極めて危険なことです。

英国では、癌の患者などに西洋医学の医師とヒーラーと呼ばれる癒しの専門家が役割をきちんと分担して協力しながら医療を行っています。ヒーラーは患者に自分の治療を受ける前に必ず医師の診断を受けるように指示して、決して自分では診断行為をしないそうです。

今後、日本でも英国や米国のように西洋医学とホリスティックな医療が役割分担して患者を診る状況に近づくためには、まずスタンダードつまり基準づくりが必要です。

 多様な価値観と方法論の集合であるホリスティック医学のスタンダード化は現実的には大変難しいことは分かっていますが、大まかでも基準がないかぎり現在の混沌とした状況の改善は望むべくもありません。

8.ホリスティックな医療に関わる人々の意識の変革の重要性
 次に、高まるホリスティック医学への二一ズに応えるにはホリスティックな医療に関わる人々の意識の変革が重要です。西洋医学の医師と役割分担して患者を診るためには今以上の責任感と機器感を持つことが求められます。

 厚生省と医療関係者の厳しいチェックと監視の中で、患者からの期待と信頼に応えた診療を継続することは並大低の努力ではできません。西洋医学にも求められている情報の公開、交換を含めた開かれた医療への参加意識、役割認識も重要です。

 また、代替医療の療法家にありがちな誇大表現(例えば、癌の治癒率80%以上など)、データ不足の状態では西洋医学の関係者のみならず患者の信頼も得られないと思います。

特に、医療不信と言われる時代背景に便乗する形で、西洋医学を否定する過激な言動によって医療に疑問や不信感を持つ患者さんたちを西洋医学から引き離して特殊な治療を行い、結局、患者さんを手の施しようもない状態にしてから手放す無責任な療法家もいます。

こういう患者さんが最終的には西洋医学の痛院の世話になっていることを療法家たちは深く自省すべきです。私が関わった数多くの事例から痛感したことは、療法家自身に自分の行った治療がもたらした結果に対する責任感と反省が欠如している点です。多くの療法家が、そんな状態になったのは患者が自分の言うことをきちんと守らなかったからだと弁明します。
自然はホリスティック
 しかし、医療行為とは、最終的には結果責任を問われるものであり、西洋医学が身体的な治療の方に傾きすぎている中で心の持ち方が極めて重要であるとはいえ、想念や信念の力で世界観やものの見方が変えられることと身体の異常が治まることとは必ずしも同義ではないこともしっかりと認識すべきです。

9.西洋医学の関係者の意識変革の必要性
三番目には、ホリスティックな医療に関わる人々と同様に酉洋医学の医療関係者の意識の変革も必要です。医師の多くが、自分の患者が受けている代替医療についての知識が乏しいにもかかわらず否定的ないしは無関心であるため、愚者が内緒で受けている傾向があり、正確な情報が入らない状態に置かれています。

 ある癌の患者は西洋医学の病院へは月1回、病気の経過観察と検査、いざという時入院できるように顔つなぎのために通院しています。そして医師から処方された抗癌剤は飲まずに捨ててしまい、漢方薬局から貰った漢方と健康食品だけを飲んでいたところ病状が好転し、検査データを見た病院の医師は、この抗癌剤はよく効くなあと喜んだという、同じ医師として哀しくなるような話もあります。

また、西洋医学以外の代替医療を充分に検討した上で認めないのではなく、何の根拠もなく否定したり、無視したりするのは最も西洋医学者らしからぬアンフェアな態度です。西洋医学者が代替医療を否定的に観るのは西洋医学の理諭的立脚点である近代科学的評価、中でも二重盲検法臨床試験と呼ばれる比較法を行うと代替医療が統計学的に無効もしくは対照との間に有意の差なしという評価になることが多いからかもしれません。

二重盲検法とくに無作為抽出による比較法は科学的評価の金料玉条とも言うべき存在です。
しかし、最近になって西洋医学を学ぶ者にとって最も信頼に足ると信じられてきたこの評価法に対しても一部の西洋医学者から方法論に関して理論的な批判や異論が興ってきています。二重盲倹法といえども、絶対的な評価法ではないのですから、二重盲検法で対照との間に有意差なしと判定されたからといって、効果がないとは言い切れないのです。

したがって、二重盲検法もひとつの精度の高い評価法と考えた方が妥当かもしれません。さらに、医学の科学的評価の基盤である近代科学自体も再評価の波に曝されているような状況にあります。

 科学の世界は、近代科学の理諭的背景を担ったガリレイ、ニュートン以来の古典力学とポルツマンらの統計カ学から、アインシュタインの相対性理論、ポーアらの量子物理学を経て、今注目されている複雑系の科学へと理論の基本的枠組み(パラダイム)が拡大してきています。

特に、自然の複雑なふるまい、例えば生命現象や生態系の複雑さや多様性は線形的な近代科学のみでは捉らえ切れないことから、複雑系の科学(複雑適応系、カオスの縁、自己組織化臨界、創発など)と呼ぼれる新しい理論を基にした研究が行われています。詳しくは言及しませんが、創発という慨念はまるでホリスティックなものの捉らえ方の科学的表現のようです。

このように、科学観も固定したものでなく常に変貌しつつあることを西洋医学者もよく認識すべきでしょう。
 また、前述したホリスティック医学のスタンダード化にも医師が果たす役割は大きく、集められた情報の検討、吟味・基準づくりに西洋医学の医師としての冷静な目が不可欠です。

10.厚生省の医療に対する規制緩和の必要性
 四番目には、国民の医療、健康に責任を負う立場の国家、特に厚生省の保険診療変重政策の変更の必要性です。

公的保険診療の対象である西洋医学と比較して、保険対象外である自由診療や代替医療に対して、厚生省がどれほどの関心と情報を持っているのか甚だ疑間です。私は厚生省などの公的機関が発行した伝統医学や民間療法など代替医寮に関する報告書を見たことがありません。

米国では国民の1/3は西洋医学以外に代替医療に頼っており、その年間医療費は137億ドルに達しています。NIH(国立衛生研究所)は代替医療の有効性に着目して1992年に代替医療局を設置して東洋医学(漢方薬、ハリ、気功、瞑想など)やカイロプラクティック(整骨)、ホメオパシー、オステオパシーなどを科学的な立場で研究しはじめています。

一方、日本において国民が医療と共に医療類似行為として日常的に受けている代替医療に関して国家が何の調査、検討もせず、いわば野放しに近い状態にあるのは無責任の極みと言わざるを得ません。厚生省は、速やかに実態調査、研究を行い、国民が西洋医学と同じように代替医療も安心して受けられるように国としての有効性と安全性についての概括的な基準を作製すべきです。

 但し、国家の規制なく発達してきた代替医療の特性を殺すことなく、介入と統制でがんじがらめ状態の西洋医学のような形にはならない基準づくりが望まれます。 具体的には規制を緩和し、保険診療と代替麟を同時に同一の施設で受けられる混合診療を認可すべきです。

11.医療のあるべき姿とは?
 前号と本号の二回にわたり、21世紀の日本の医療におけるホリスティック医学の役割と位置づけにつき、[病院]と[健康院]という概念を設定し、提言いたしました。 東海ホリスティック医学振興会の6年間の様々な活動を通じて、私はホリスティックという医療の考え方が、概念的には決して現代医療の中心に位置する西洋医学に対立するものではなく、むしろその問題点や弱点を補完する医療のもう一つの軸になりうる可能性が確認されたと考えています。

局所、臓器をしっかりみつめ、[治すモノサシ]を持つ『病院』と、場を重視し人間全体、自然全体をみつめる視点からその歪みを正し、秩序の回復をめざす[生き方のモノサシ]を持つ『健康院』が並立されて初めて、生命を守ると同時に人間の誇りと生き甲斐を尊重する真の医療の姿ではないでしょうか。

最終的には、国民が自分や家族の疾患、病態、状況に応じて、生命の尊重を第一にする『病院』と人間の尊厳を第一にする『健康院』をうまく使い分けることによって不適切な診療を防止し、ひいては国民医療費の無駄使いを抑制することになると確信しています。
 Q:1年前に乳癌の手術を受けた44歳の女性です。主治医からは早期癌と説明されましたが、姉も同じ乳癌で手術したあと、骨や肝臓の転移で苦しんだこともあり、再発や転移が心配です。
再発、転移を予防するための方法や生活上の注意などがあれば、お教え下さい。

A:帯津良一(帯津三敬病院医院長、当振興会顧問)

一般の術後の補助療法、たとえば抗がん化学療法や内分泌療法については主治医の指示を受けてから取捨選択して下さい。

いずれにしても日々のライフスタイルのなかで自分の持っている自然治癒力を十分に発揮出来るように心がけていくことが大事なことです。
 第一は``心"の問題です。まずは自分の人生観をしっかり見つめて下さい。その人生観に沿って、これからも自分らしく生きることを心に決めることです。

 第ニが食事と気功です。ともに自然治癒カにもっとも関係の深いものです。
どういう食事がよいのか。これはそう簡単な問題ではありません。とりあえずは『癒しの食事学』滞津良一.幕内秀夫共著・東洋経済新報社)を読んでいただければ幸いです。

 気功。これはヨガなどのほかの行法でも結構です。問題は調身・調息・調心によって、自らの生命場のポテンシャルを高め、その結果、自然治癒力を発揮させることができればよいのですから。だから、もちろん功法も問いません。自分の身近にあって、好ましく思える功法なら何でも結構です。

 以上の三つがライフスタイルのなかにしっとりと納まればそれだけで十分ですが、いずれも形のないものですからこれだけではなんとなく不安です。そこで形のあるものとして、漢方薬と健康食品のなかから一種類選んだらどうでしようか。

漢方薬は医師の診断のもとに処方してもらって下さい。エキス剤でも、生薬でも、あなたの証に合えばよいのです。

健康食呂には多くの種類があります。あれこれ迷っても仕方ありません。自分が信じられるものを一種類選んで三ヶ月間ぐらいは横見せすにつづけて下さい。

もう一度、一番犬切なのは心、次に食事と気功ということを肝に出じて下さい。
A:三垣允人(ガン患者さんの自然治癒力を高めるワークショップ「リトリート」

 ガン再発防止の鍵は、あなた自身が「なぜ私はガンになったのだろうか」ということをどこまで見つめられるかにかかっていると思います。見つめるための視点は犬きくは二つ。

1・「病いは、口から」と言います。私たちの体は食べ物で作られているわけですから、あなたが何十年間に渡って、毎日口に入れてきた食べ物の中に、体が『もうこれ以上は解毒できない、血液が汚れすぎている!」と悲鳴を上げていたものがあるはずです。

甘いもの(お菓子、清涼飲料水、加工食品など白砂糖の入った食べ物は血液を汚します)。肉や卵、乳製品など動物牲タンパクの過剰摂取も腸内で腐敗、発酵しやすく、血液を汚します。

また、農薬、添加物、着色料など化学物質に汚染された食品や水、タバコも同様です。〈血液の汚れは、万病の元>なのです。これらを摂取しないように心掛けるとともに、生命カのある食べ物を食べる新しい食習慣と、すでに体内にある毒素や老廃物を排出して体質を改善してゆく「半断食」や「砂療法」を私どもリトリートではやっております。

2・「病いは、気から」ということが科学で証明されはじめています。ガンの患者さんたちのワークショップをやっておりますので、そこで改めてきづかされるのは、患者さんたちの多くが、本当に耐え難いほどのストレスで心も体も深く傷ついているということです。

そして、子供時代に身につけてしまった心の持ち方、物の見方、考え方が自分の生き方のパターンになってしまい、そのパターン自体がストレスを作り、生きることを辛くしているということです。

その自分の心のあり方、生き方のパターンに気づき、手放すことが再発防止の大きな鍵になるのです。再発防止の為の運動療法、イメージ療法、呼吸法、食事療法、ストレスを癒すポディワーク、病いからのメッセージを聴くことなど、お伝えしたいことはたくさんあるのですが、字数の都合上、限界があります詳しくはお問い合わせください。




ブロフィール■渡辺栄三
スポ一ツの科学トレーニングに疑問を抱く中、野中体操さらに繰体に出会う。82年東京秋葉原「津田温古堂」を継承。94年原宿に「からだふわっと」を開設


「からだのカラクリのひとつに『痛サ・ツラサのないウゴキが、痛サ・ツラサをとっていく』というのがある…..。」というので、実際そうなっているかどうか試してみよう。そうなっているのに気づいたらいろいろ活かしてみようというわけです。

痛サ・ツラサのでるウゴキがあったら、それはからだが発している赤信号とみて、その信号を手がかりに痛サ・ツラサのない「こりゃイイカンジだぞ」というウゴキを見つけていくのです。そのためには、からだの信号を細かくききとることに慣れることです。「勘」を働かせ、このウゴキはからだにいいかどうか、ききわけていくイトナミになります。

続けていくと、うまくいかないことにも出くわします。その時こそ、どうカラクリを活かすか工夫を必要とし発見(きずき)もでてこようというものです。工夫のコツには次のようなものがあります。

【i】呼吸の工夫を。呼くウゴキと吸うウゴキとでヤリヤスサのチガイがあるときは、ヤリヤスイ方を、少し長めにやってみると、呼吸のバランスがかわり、ウゴキが楽になります。風邪でセキがひどかった時、ためしてみたら、ラクになりましたよ。

【ii】イメー・'気持ちのおきどころをかえてみる工夫を。たとえば、背中に気持ちをおいてウゴクのと、足ウラに気持をおいてウゴクのでは、ウゴキ具合がチガウはずです。からだについて、健康についての情報は過剰な程ありますが、「過ぎたるは及ばざるが如し」ということもありますし、ちがった角度から捉えてみると、そのことでからだがほぐれることもあります。なまえほぐしはからだほぐしになります。

【iii】食の工夫を。塩梅(アンバイ)という位で、潮加減は大切です。
減塩が必要な方とそうでない方方がいます。

【iV】ウゴキ方をかえてみる。ひとつのヒントとしては、安定したウゴキをするのに、腕は小指の使い方、脚は親指(側)の使い方を工夫することです。位置とか、力の入れ具合・抜き具合とか・・…etC。
いろいろ工夫しても、スイスイと行かず、よくわからないこともあり、「わかんないなあ」と一言ツブヤクこともありましょう。といいつつも、「ワカラナサの中でもこうして生きていること」、存在していること」から、とりあえず、ひとつ何かためしていこうというわけです。


『たかが風邪、されど風邪』      西田 元彦 当振興会会員 森・西田クリニック

皆さんの中で、風邪を引いたことのない方はみえないと思います。皆さんが風邪にかかったときは、どうやって治していますか。自力で治す人、CMでよく見る市販の風邪薬を飲む人、病院で薬をもらう人、それぞれと思います。ご存じの方も多いと思いますが、これだけ医学が発達した現代でも風邪の特効薬はなく、いわゆる風邪薬とは、一時的に症状を緩和するだけの効果しかありません。

例えば、抗生物質は、風邪の初期のウイルス感染には何の効果もなく、抗生物質の使い過ぎは、かえって耐性菌を発生させMRSAなどの社会問題となってきています。また、解熱鎮痛剤も熱を下げる事で、かえってウイルスの活動性を高めて治りにくくしているとの指摘もあります。(実際、インフルエンザに感染したねずみを使った実験では、解熱剤を使わない方が死亡率が低いことが証明されています。)
自然はホリスティック
その他、痰の出る咳の時に、咳止めを使用すると、痰の排出を抑え、かえって症状を悪化させる事がある等、いろいろ多くの問題をもっています。しかし、病院に行ってもらう風邪薬には、相変わらず、抗生物質、解熱剤、止めなど多数処方される事が多いと思います。ですから私は、風邪で診察にみえる方には、

1、初期の風邪は、ほとんどウイルス感染なので抗生物貿は効かなく、休養が一番大切な薬である事。
2、発熱も体がウイルスの活動を抑えるために超こしているので、むやみに解熱剤で熱を下げない事。
3、疲や鼻水は膿や異物を排出するために出しているのだから、止めるより、できるだけ排出するように心がける事。

などの話をして、風邪の時の体の症状の意味や、自已治癒カの大切さを説明し、その上で、漢方薬を中心に薬を処方したり、民間療法を紹介したりしています。これらのことは、当振興会に参加してみえる方達であれば、当然の事と思われるかもしれませんが、まだまだ自己治癒カの大切さに気がついていない方が多くみえます。また、自己治癒カの大切さを理解している人も、自分自身や親しい人が、ガンや難病などの大病を患った事がきっかけになった方が多いのではないでしょうか。

私は、風邪や胃腸炎などのいわゆる軽い病気を通じて、日頃から自己治癒カの大切さを多くの人に理解してもらいたいと思っています。たかが風邪ですが、こじらせると肺炎から死にいたることもあります。皆さんが、風邪を引いたとき、その症状(熱、咳、鼻水等)の持つ意味を考え、自已治癒カの偉大さを再認設されてはいかがでしょうか。

BOOKS○西田元彦先生が薦める本の紹介
★夜と,霧(V.E.フランクル みすず書房
★水と緑と土(富山和子中公新書〕
★生命の意味論(多田富雄 新潮社〕
★QOL全人的医療のめさすもの(丞田勝太郎 講談社)
★絵で見る和漢診療学〔寺沢年 医学書院
            
担当:米山學
於:恒川消化器ニソク多目的ル一ム5F
日時:毎月第3金曜日AM10:30〜PM17:00

びわの葉温熱療法は、びわの葉療法と温灸(温熱)療法の両方を合わせた自然療法で特に自然治癒力を高め病気を治す家庭療法であるという特長があります。
びわの葉療法の歴史は古く、お釈迦様の時代から今に至るまで、びわの葉を使って、施療、手当をしてきました。特にびわの葉に含まれる成分でアミグダリン(ピタミンB17)は、制ガン、鎮痛、殺菌、血液浄化作用があるとされ、現代でも民間療法として使用されています。

又、温灸(温熱)療法は、健康光線といわれる遠赤外線の熱を使って、ビワの葉のエキスを体の深部に浸透させ、身体のツボに当てる事によって効果をあげます。気の流れ、血液の流れ、体液の流れが犬変良くなり自然治癒カが高まります。

このびわの葉温熱沮療法によって多くの方の病気や症状が改善され喜ばれています。私の家内の母も50年来のひどい喘息が5ヶ月で良くなりました.例えばアトピーの方は3ヶ月で、中耳炎は1週間で、肺ガンの再発防止の方は、2年間でといろいろな方に喜ばれています。特にこの療法のすぐれた点は、副作用がない、簡単にできる、当てるととても気持がいいという所にあります。

この気持の良さが継続する力を産み出し、継続によって更に自然治癒力を高めます。家庭でできるお手当法としてのびわの葉温熱療法を一度是非体体験されてみてはいかがでしょうか。
尚、指導者養成の為の研修会もスタート致しました。(ビワの葉温熱簑法普及会・米山學)

担当:日比野春男  於:恒川消化器クリニック多目的ルーム5F
日時:土曜日(不定期14:OO〜PM16:OO

人類は便利、快適を求め続けるあまり、特に近代以後、地球上のあらゆる生物の生存が危ぶまれる程の、地球環境の破壊を進行させつつあります。 その為、我々人類も今までにはなかった原因不明の病気に悩まされたり、健康に自信を持てない人がどんどん増えてきており、ごく普通の人々も、地球環境や健康に、関心を持たざるを得ない状況になっています。

では、その環境破壌の原因とは一体何でしょうか?
その1つには、フロンというもともと自然界にはなかった物質が冷茂庫、エアコン、自動販販売機等の冷媒に使われています。それが破棄されオゾン層(有害な紫外線を遮断する非常に重要な働きがある)を破壊し、今までは地上に届いてなかった累外線Bにより、DNAを破壊し、皮膚ガンや失明、免疫力低下を引き起こします。

そればかりか、地上の埴物や海の生物にも悪影響を及ぼし、世界中を食料危機が襲う可能性があります。フロンは放出されるとオゾン層に到違するのに15年以上かかるといわれています。このような恐ろしい事に対しても、現在も公的には遅々とした対応しかとられていません。今後10年先、20年先の事を思うとゾッとさせられます。

他にも、かつて経験した事が無いような集中豪雨があったり、逆に異常乾燥が続いたり…といった異常気象や地球温暖化等、様々な現象が地球上に起きつつあります。

そのような中で、良心的な企業は、それに対処する製品作りや、リサイクルシステムを構築しています。
そのような企業の製品を優先的に購入、使用して側面援助していくのは当然ですが、その他に一体我々は何をどのようにしたらいいのでしょうか?

…というような事を考え、行動するキッカケ作りの場として、専門家による講演や具体的な対処法、活動グループの紹介、対処商品の紹介等をしていく会にしたいと考えています。是非、皆さんのご協力をお願いします。(株式会社マインド・コスモ社長・日比野春男)
     
「人生の先が見えたなどと思うから必死で残り火をかきたてようとする。だがな、そうは問屋がおろさない。この先何があるのかわからんのが人の行く道だ。もし、まだ胸の奥に残り火があるんなら、その時のために絶やさずにおくんだ。」「・・・・・・…」

「残り火だけではどうにもならんかもしれん。しかしな、残り火をかきたてれば必ず火は消える。自分から消すことはない。絶やさずにおけばいつかまた燃える時がくる。よいな忘れるでないぞ」こう言った人はすでにこの世にはいない。どの様な火の消しかたをしたのであろうか。今は聞くことさえかなわぬ。

この季節になるといつもこの言葉とつぎの詩が頭の中にフッと浮かぶ。年をとりすぎたのであろうか。
〜久しぶりだね、お前と逢うのは。あれからどうしていたのかい。別れた頃よりまた一つきれいになったみたいだが、すぐ泣くクセは変わらない。幸せならばそれでいい。〜

〜二度とこうしてして逢えない、だろうが、今なら言えるさこの気持ち、こうして2人で飲んでると、遠い昔にいるようで別れたことも忘れるね。送らないけど幸せに。〜(金子)
通信
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