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発行人:恒川洋
編集スタッフ:岡部明美 五十部文子 田島亜矢子 高橋淳子
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脳死や蘭器移植、安楽死、健康保険制度改革など医療にかか問題が新聞紙面をにぎわしており、一般の人が否応なく健康や医療の間題に関心を持たざるを得ない状況になってきました。
一方で、疾病の中心が従来の感染症などの急性疾患から、高血圧、糖尿病や癌などの慢性疾患へと移行し、疾病構造の変化に伴い、慢性疾患がライフスタイル病であることが分かってくると、セルフケアに関心が移ってきました。
日本の医療は従来から「おまかせ医療」つまり、パターナリズムと呼ばれる医師一患者関係(この関係は親子の関係のようなもので医師は善意に基づいて患者にとって最善と思われることをするのだから、当然その行為の内容や意味について患者に知らせる必要はないとするもの)を基本にしたものでした。
しかし、最近、日本の経済的成功により、人々は、量より質を求めるようになり、その消費者行動の変化に伴い生産者も大量生産から多品種少量生産へ移行し、生産者主導から消費者主導へと移行してゆく中、患者自身も自分の病気に対して深い関心を持つようになっています。
そういう変化と相応し、医療現場では、数年前から、説明と同意と訳されている「インフォームド・コンセント」(以後I・Cと略す)つまり、医師が患者に十分な説明を与えて十分な理解のもとに患者の同意を得た上で初めて様々な医寮行為を行うことができるとする考えが導入されました。
1960年代後半から70年代のアメリカにおいて、患者の権利拡大運動が起ったのですが、この運動は公民権運動や消費者運動と合いまって、当時のアメリカを揺るがす広範な運動でした。特に関係の深いものは消費者運動で医療における患者は医療というサーピスの消費者であるとの考えが登場し、そして、消費者であるからには、提供されるサーピスの内容についての情報を入手し、選択する権利があると考えられ様々な議論の結果、アメリカ病院協会は患者の権利章典を採択しました。
これが現在のI・Cの基盤になっています。その後、1979年、当時のカーター政権下で、I・Cとは、相互の尊重と参加に基づいた意思決定を協力して行う過程の基盤となる概念とされたのです。
日本においても、遅れること10牢、この概念が導入され、次第に普及してきましたが、I・Cが十分機能していないのが現状です。
日本では、欧米で行われた論争、運動という歴史的経緯を経ず、制度だけ導入された事情、日本の土壌が本来、医は仁術であり、おもいやり医療であり、「おまかせ医療」である風土的、文化的環境、そして、つい最近まで、医師一患者関係において圧倒的に医師が優位にある状況においては、患者は医師に質問すらできにくいという状況、さらに、日本人が本来もっている依存への欲求は、自分で逮択し決定するという「自己決定型医療」に不慣れであるという事情もあるのでしようがI・Cの基本理念に述べられている『相互の参加」とりわけ医師の参加が稀簿であることが、その理由ではないかと思われます。
実際の医寮現場でのI・Cは、医師が患者に病名、病態、治療法、そして予後についてできるだけ、科学的、客観的に説明する。多くの患者は、その理諭的、実証的説明には納得するものの何か満たされない、釈然としない思いで、同意書に判を押しているのが実状ではないかと推察されます。何も、医師が説明しなくても、最新のあらゆる知識をインプットされた医学医療ロポットが説明、質間に回答した方がより適確かもしれません。しかしだれも、自分の生命をロボットに託したりはしないでしよう。
では、我々はなぜ、医師という「人」にその説明を求めたいと思うのでしょう。それは医師と患者という「人」と「人」が関わることによって生ずる「つながり」とか、「関係性」を欲しているからではないでしょうか。
河合隼雄氏は、「我々は外のものをコントロールして支配することをやり過ぎて、そのことと関わるということを忘れてしまったのではないか。関係することは大変なことなのです。なぜ大変かというと、私も関係してくるわけですから、私の生き方が関係するのです」と述ぺています。
多くの医師は、自分は自然科学者のはしくれであると考えており、診断、治療にあたっては、できる限り科学的であろうとし、少なくとも外向きには、論理主義、実証主義に立脚していることを示そうとします。なぜならそうでないと医学、医療の世界から抹殺されてしまうからなのです。
しかし、実は、科学的つまり、論理主義的、実証主義的な立場を明確にすればする程、治療の場、患者から離れてしまうことになるのです。そこには、医師自身が関わっている姿はなく、理論という代役がオートマチックに動いている姿しかないでしょう。
西洋の近代科学はデカルトの二元論的な発想をぺ一スに、全ての自然現象を基本的な要素に還元し因果関係を明らかにするかたちで発展してきましたが、そういう還元主義を基本にした科学の一部である医学は一方で人間の不可解な部分を切り捨てて進んできました。

河合隼雄氏も指摘するように、西洋において確立された自我意識は、その明確さにおいて極めて強力であり、その武器としての自然科学の威カにより全世界を支配し、現在の繁栄を築き上げました。しかし、そのような意識は「切れた存在」という問題を生じさせ、意識と無意識、心と体、自と他などあまりに明確に切断してしまうために人間の自我は不安定な状態に陥ってしまったのです。
今、患者は、このブツブツに切られてしまった「つながり」、「関係性」の回復を望んでいるのではないでしょうか。この「関係性」は論理主義、実証主義を基礎とする科学性、客観性とは、むしろ対立的であり、科学的であろうとする医師は、事象を徹底的に分析的に要索に置換する過程で、「関係性」から生ずる非科学的と考えたプラセボー的な要素を可能な限り排除してきたのです。
医学医療が自然科学を基礎として素晴らしい発展をとげる中、必然的に登場としてきたI・Cは、医師と患者との「関係性」の回復を目指したにもかかわらず、結果的にほ、科学という名のもとに、「関係性」を切ってしまっているという構造的矛盾に陥っているといえるでしょう。
現在、医療の場で問題になっている、脳死問題、臓器移植、安楽死問題も、それから教育の場で生じている“いじめ"を始めとする種々の問題も、結局のところ「関係性」の喪失に起因しているのではないかと考えられます。
医師は患者に、I・Cの前提として、まず、患者との「関係性」を切らないことによって共存する場を提供できることを伝えるべきでしょう。
それが出発点となり、医師と患者の相互行為、両者の共同作業により形成されることになる治療の場「トポス」が生体の治癒機構に作用した場合、ダイナミックに自発的治癒が眠りから目覚めるものと思われます。両者がつながってはじめて、治療行為、治療法が意味あるものとなるのです。
それは、まるで磁場において電流が流れた場合、そこに大きな力が生ずるごとく自発的治癒の系が作動することになるでしょう。
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Q:60歳の母が子宮がんの手術後から気分が塞ぎがちで、抑うつ状態と診断されました。貴会の資料でアートセラピーやミュージックセラピーについて知り、母は元々芸術に興味がある方なので関心を持ちました母のような症状にも効果があるのでしょうか。ご教示下さい。
A:横沢和也(当振興会顧問、ミュージック・セラピスト、横笛・石笛演奏家)大阪府
まず、ミュージツクセラトについてお話をしましょう。
音楽にはいろいろなジャンルの曲がありますが、セラピーの初歩の段階では、ゆったりとした、静かで幸せな感じのする曲を選び、BGMとしてお部屋に流してあげるのがよいでしょう。(CDやカセットテープで結構です。)
この場合、クラシックだけでなく、例えば童謡や、ご本入の恩い出の曲でもいいかと思います。
この力法は、音楽によって環境を整えてあげる・・・ということです。次の段階としては、本当に『よい音』を聞くことが大事になってきます。すばらしい音の中には、<優しさ〉光〉<生命力〉〈力強さ>などをはじめ、言葉では,言いいあらわせない情報がたくさん入っています。
これらを全体で感じることは、素晴らしいセラピー効果があります。この場合、スピーカーからの音や、シンセサイザーなどの機械の音ではいけません。一音でも結構ですから、生の生きた音を・・・、人の奏でる自然の音、空気の振動、『音霊』を素晴らしい環境で聞くことです。五感が静かに刺激され、まるで音が皮膚から人ってくるような感じがして、魂が震えます。
くれぐれもよい演奏家を選んで下さい。よいコンサートに出会って、よい音楽に巡り会って下さい。心が元気になります。
ところで、音楽には聴く人と演奏する人がいますが、演奏する側になるのもセラピーです。日本人はどうもおんがくを上手いとか下手で評価しがちですが、そうではなくご自分で,ご自分の好きな音楽を奏でてみるのもよいと思います。
楽器だけでなく歌でも結構です。私は全国各地で、『ボォイス・クリエーション』という複式呼吸と自然発声トレーニングの講習会を開催しています。
「いい空気をいっぱい吸って、よい二酸化炭素を声と一緒に体の奥から出す」のです。晴れ晴れとした素晴らしい気持ちにないます。
ミュージックセラピーには、他にもそれぞれ患者さんにあわせて、専門家が診断し、音楽を処方する場合もあります。最後に、近頃レコード店には、「頭の良くなる音楽」、「きれいになる〜」など効能書き謳った音楽が、並べられているようですが、音楽は薬ではありません。
ただ聴けばよくなるといったものではないのです。音楽によってコントロールされるようなことはどう
かと思います。
音楽は心のパートナーなのです。<よい音楽〉を体全体で浴びて下さい。よい音と人とのコミュニケーションが、心と体を癒してゆく…と思います。
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A:加藤秀夫(当振興会理事、陶芸家、芸術療法指導者)三重県
すこしでも「やる」という意思があることが、まず前提と考えます。それはほんの少しでもいいのです。
周囲の人の勧めに応じての、それでもいいと思います。まず本人の意志、それがスタートでしょう。
以前にも今回のケースとは異なりますが、いろんな困難な情況においてその時の周囲の方がアートセラピーの一つの範中として、
陶芸はどうだろうか、というお語はいくつかありましたが、その経験から申しましてまず基本的に本人の意志の有無による差異をずいぶんと感じました。
周囲の方々の「いいだろう」そのことの思いを充分と察することはできますが、しかしいまひとつじっくりと時間をかけてその本人の真の気持ちをさぐってみることが重要ではないでしょうか。
人は性別、年齢などによって大わくのところでは、ある種の特徴をよみとることができるかもしれませんが、もっと詳細なデリケートな範中において、人それぞれ随分と差異があるのではないでしょうか。
今回のケースのように周囲の配慮の大切なことは、まちがいなく重要と思いますが、もう一つの見方として、その力も手術という困難な状況を迎えることによって、心身共疲れ今は休憩したいと思っているということも考えられるのではないでしょうか。
随分と長く本人の意志の大切さについて述べましたがもし、その意志が砿認されましたら、次に「行なう」ことに向かわれたらいかがでしょうか。
その状況ができた時、芸術は有効な方法になると思います。

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今回は少し変わった方面で紙面をうめてみます。福井良治先生(当振輿会理事、名鉄痛院循環器科部長)の講演から学ぴました講義概要のご紹介をしましょう。
循環器疾患は、心臓病、高血圧症、動脈硬化症、脳血管疾患など動脈血管の病変から発症する病気の総称を言います。
。心臓病ば左肩から腕にかけての痛みが多く5〜15分など痛みが継続し、時には右肩から腕にも及びます。これを心電図中でみますと波型が小さくみだれ、そしてポント高くなります。こういう時は入院治療です。発作時刻をみると午前3時頃、9時過ぎ、午後2時頃、9時過ぎに多くみられます。
疾患の原因は@タバコ、A若い時からの血中脂肪の多くなる食事、B運動不足、Cエストロゲンの分泌、D耐機能の悪化、E高血圧の有無、F尿酸値の上昇、Gストレスなどです。また、性格もかなり左右し、いわゆるタイプAの人「強い目標達成衝動、闘争心、性急な時間に追われ、早口、食事が早く、一度にいろんなことをやろうとする。いら立つことが多く、挑戦的な行動をする人」に多く視わわれます。
ここでお話を少々社会的傾向からみましょう。循環器疾患は東北地方に多かったのですが、医学システムの充実、食事の改善などで減少していますが、都市は増加する傾向にあり、外食、食事内容の悪さが原因?とみられています。これらの上に老化が加われば不整脈は増加する傾向にあり、外食、食事内容の悪さが原因?とみられています。

さて高血圧の血圧に関することを活かしてみましょう。血圧は夜眠っている時は下り、起きたときポンと上がります。また涼しくなり始める頃、入梅、秋口などに発症し易くなります。面白いのは白衣高血圧(看護婦の白衣のこと)、美人高血圧などです。
その他、運転開始直後、高速道路に入る人り口、性交3〜5分頃、排便時、手荷物の重いものを手で下げたり、抱えている時、を途中休憩しないで上がったり、シャワーを浴びたり、40才以上の人のパソコンストレスなどが注意信号です。
突然死が時々ありますが心室の痙攣が約2分の1くらいで、月曜日、かつ9〜10時頃に多く、若い人では過激な労作や心労、老人では心筋虚血の折の睡眠中にみられます。 ここで一息、低血圧についての質問がありましたので加えておきましょう。
まず、これは治療法はありません。生活ぺ一スをゆっくり。例えぱ熱いラーメンを急いで食べた時(極下性失神)、低コレステロール血症のある時、90歳以上の入では、アルブミンが作られにくく、筋肉ポンプが弱っている人におこり易い。などがみられます。若い人では筋力、肝臓を強くする、やや熱めの風呂やシャワーを浴びるのも良い方法です。以上。
高血圧、低血圧症の場合の食事については、いずれお話させて頂きましょう、(理事・五十嵐 桂葉)
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1992年、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで医師たちが集まり、ある人物についての処置について話し合いがなされた。カルテによると彼は循環器系の異常をきたしており、強度の成人病であると診断された。体温調節ができず、常に体温は高い状態。皮脂がなくなってきて雑菌に冒されはじめている。
皮膚ガン、白内障の恐れあり、さらに真皮も冒されており、身体は強い酸性を示している。かゆみがひどく身体中を常にかきむしっている。細胞や内臓がかなり弱ってきており、一部は機能不全におちいっている。黄疸症状は進み顔色は悪い。過去の対処療法により患部は拡大。すでに身体の4分の1は壊死状態にある。紙面の関係で詳しくは述べないが9種類の深刻な病状が書き込まれている。
さらに最悪なことに、このことに本人は自覚が全くない。生活はいっこうに変える気配がない。医師たちは、もしこの生活を15年続けなたら、あと30年後に死に至ることになると警告をした。
もし、皆さんがこの人物の友人だとしたら、もしホームドクターだとしたらどうしますか?
皆さんもお気づきだと思いますが、この入物は「あなた」自身のことです。もう少し正確に表現すれば、皆さんの総体である「地球」のことなのです。
私が地球環境問題をテーマに「中部リサイクル運動市民の会」という市民活動を始めて17年近くになりますが、この間時代は大きく動き、1992年地球サミット(環境と開発に関する国連会議)で、リオ宣言がなされ「アジェンダ21」(21世紀への課題)が採択されました。これが彼のカルテです。しかし、この事実を認識している人たちは残念ながら極小数の人たちだけです。
今や、日本国においても「環境基本法」「環境基本計画」、愛知県、名古屋市という地方自治体レベルでも市民向けとの小冊子を配っているというのにです。そこにどんな事実が書き込まれているのかが読み込めないでいます。
地球をある人物に置き換えてみるという手法を使って表現してみしたが、実はこのヒントを与えてくれたのが、「ホリスティック医学」との出会いでした。咋年6月!6日の「東海ホリスティック医学振興会」の5周年セミナーで「いま問われる、医寮・健康・環境とは」のパネラーとして参加させていただくことになり、お医者さんたちと話すのなら、自分の考えていることを医者の目線で語ってみようと試みてみたのです。
このホリスティック医学との出会いは、私にとってはさらに興味深い事実を発見することになりました。セミナーの特別講演で帯津良一氏が『場の医学」と題し、ホリスティック医学について話されたのですが、「人間の医療、健康問題と地球環境閲題がシンクロしている」ということにです。現代の医療が音を立てて崩れ始めているように、世界(地球)の産案構造も限界が見え始めました。
従来の概念では、通用しなくなってきています。対処療法が通用するキャパシティはすでになく、この方法を続けるなら症状は進み死に至るという状態です。この相似牲については、12月号以後で触れることにしましょう。
尚、萩原さんによる「環境と健康を考える会」の講座が開催されました。
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平成9年5月25日(日)、ホリスティック医学セミナー'97が名古屋の電気文化会館5階「イベントホール」で開催されましたので報告します。
第1部:ホリスティック医学フォーラム
東海ホリスティック医学振興会年次総会に続き、約150名の参加を得てホリスティック医学フォーラム「病院に行かんと、病気は治らんの?」が始まりました。私は、このフォーラムのコーディネーターの1人として参加しましたので、感想を述べてみます。
会場の設営に関しては、コ一デイネーターと会場の人が対面するのではなく、輸になるように予定していましたが、第2部のコンサートとの関係上、対面式にならざるをえなかったのは残念でした。
このフォーラムは参加者全員で気楽に話し合うのが目的でしたので意思表示は赤、黄色の紙を上げていただく方法にしました。この方法だと発言しにくい人でも参加でき、非常に良かったと思います。
ホリスティック医学に興昧ある入が参加されれば、自然科学を信じる人は少ないだろうと予想されましたが、ほとんどの人が自然科学を信じる人でした。
自分や家族が病気になった時には、その病気の程度により判断して、病院へ行ったり自宅で対処している
人が多く、又、ある人は、定期健康診断は病院で受けているが、病気になった時には、自分独自の治療法で対処しているとのことでした。結局、ほとんどの人が病院とうまく付き合っていました。1時間半という時間制限の為、発言し足りなかった方には申し訳ありませんでしたが、今後機会がありましたら、このようなフォーラムをもう1度開催したいと思います。

第2部:ダニエル・コビアンカのヒーリングミュージックコンサート
午後2時には会場もほぼ満員となり、ヒーリングミュージックの「星に願いを」で知られるダニエル・コビアルカさんのコンサートが始まりました。
5年前に開かれた、当振興会主催の「日米アートセラピー・シンポジウム」で、彼の演奏を聞いたことがありますが、何度聞いてもその表現力の豊さに圧倒されてしまいます。
途中で、故武満徹さんに捧げる追悼曲を演奏されました。時間がたつにつれて会場はすばらしい音楽に包まれ、1人2人と居眠りする人が出始め、私もいつの間にか夢の中に人っていました。
コンサート終了時には参加者全員が彼のバイオリンによって体も心も癒された事でしょう。ホリスティック医学セミナー”97に参加していただきました皆様方どうも有難うございました。 (理事・上島久)
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最近、私の身にも『不思議な偶然」(共時性)が次々に起こるようになり、その頻度も多くなってきた。回りの友人、知人たちからも、よくそういった話を聞く。
8月の初旬のとある日、私は何人かの人達に暑中見舞いを書いていた。恒川洋先生へのハガキを書き終えた途端、電話のベルが鳴った。出てみるとなんと恒川先生の声! 「岡部さん、千葉に引っ越してから暫くたっけれど、一応今でもHOLOS通信の編集スタッフになっているから、10月号から何か書いてくれないかなあ。そちらでの活動やホリスティックに関するレポートなんか書いてくれるとありがたいんだけど」。という訳で今回から1ぺ一ジをいただきましたので、ホリスティックに関わることで、日々、私が感じたり、考えたり、体験したことなどをつれづれなるままに書いてみようと思います。
初回は何を書こうかと思っていたら、また不思議な偶然が重なったので、その話から。実は、8月の下旬に東京で「日本癌コンペンション」と「船井オープンワールド」がほぽ同じような日程であったため、私はどちらに行こうか少し迷っていた。
船井オープンワールドの講師陣には、私が名古屋に住んでいたときに是非その方々の講演を聞きたいと思いながら、いつも都合がつかず一度も聞けなかった3人の方々の名前があった。その3人とは、「ニンジンから宇宙へ」の著者である赤峰勝人さん「ガイアシンフォニー」の監督である龍村仁さん、ネットワーク「地球村」の高木善之さん。
それに加えて、最近読んだ「いのちの奇跡をみつめて」の著者である森津純子さん(若干28歳で日本初の仏教ホスピスであるビハーラ病棟医長となった方)も講師の中に入っていたので、私の気持ちはほぼ船井オープンワールドに傾いていた。
ただ、どうしてもちらつくのは、自分の仕事を考えたら「癌コンペンション」の方に行くべきなのだろうかという思いだ。だが、気持ちが動いてもいないのに「〜すべき」という基準で選択した事でいい結果を生むことはあまりないなあ、と常々思っていたので直感の選択の方に従った。
誰か一緒に行く人はいないかしらと思っていたら、数日後、私と同じように元ガン患者で、今はとても元気なKさんから電話がかかってきた。なんと彼女も私が聞きたいと思っていた講師に会いたいので、私を誘うつもりで電話をかけてきたのだった。Kさんは言う。『もうナントカ療法でガンが治るとか、ナントカでガンに勝っ!なんていう語は私にはいいかなって思うの。今の私の関心は、生と死の問題を深く見つめてゆくことと、自然の法則って何だろうってこと」。
確かに医学がこれだけ進歩しても、ガンは減るどころか増えているわけで、それは患者自身に自然の法則に反した生活習慣があったり、無理な生き方をしているということはあると思う。しかしながら、西洋医学のガン治療にも、根本的な所で自然の法則に反している生命観、死生観、疾病観、それを前提にして構築してきた治療観があるのではないかと私は思っている。
問われなければいけいないのは、むしろそのことではないかと思うし、私自身が考えていきたいこと、学んでいきたいことは、それについてであった。Kさんの問題意識と私のそれとは奇しくも一緒だったのだ。
さて、癌コンベンションの方は代替医療のデパートを私は想像していた。しかし後日参加した友人の話では、盛り沢山であることで、こんなに方法があるんだと生きる勇気が沸いた人もいたという.そして最終日のサイモントン博士の講演とワークショップは多くの人に体験してほしかったと話していた。
一方、私が聞いた4人の方のお話は、いづれも本質的で、いのちの理(ことわり)とは何か、今地球に何が起きているのか、私達の体に何が起きているのか、 ガンやアトピーが何故文明病であるかという事実、私たちが気づかなければならないことなどを語ってくれた。そして絶望的な事実や状況をきちんと見つめ向き合える人こそが、現実を変えられ、結果的に未来を変えられるのだということを改めて認識した。
同時に人間(生命)の力や可能性は、我々の常識をはるかにこえたものであるというメッセージは、なんという希望の光であろうか。
ところで私は何故か、高木さんのお話を聞いている時、何度も涙がこみあげてきた。他の3人の方のお話を聞いているときは、胸のあたりが温かくなった。そして思った。自分の魂の仕事をされている人の話は、深く、あたたかく、静かに、聞く者の胸を打っものであると。
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水に入れて置くだけで、根の出てくる植物ってとても沢山あるってご存じですか。
野菜ではトマト・ナス・芋類なんかありますが、ハーブはどれも水に入れておくとやがて根が出ます。お花も本当に根が出てくる種類って多いんです。
私の家では神棚の榊が、居間でくちなしが、トイレでマリーゴールドが・台所でハーブとトレニアが根を出しています。根の出てきた植物ってそこがガラスのコップであろうと、そこで生きる決心をしたみたいに新しい葉と枝を生々と作り始めます。
養分は水と窓からの光だけなのに生命カって凄いなって思います。根が出た後は必ず土に戻してあげます。
そうしたらお花はもう一度生き返って花を沢山付けてくれます。木はそこから又、木へと成長して行ってくちなし等は2,3年後は泌ずあの素晴らしい香りでいっぱいの白い夢の様な花を咲かせてくれるのです。
いつも私達を楽しませてくれて、励ましたり慰めたりしてくれる植物さんにせめてもの恩返しです。(会員・中村京子)
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朝夕は冷えぴえとし、体調が崩れやすくなっていますので、風邪には十分気をつけて下さい。
さて、1O月10日・11日に湯の山ゆらぎ園で秋の会が行われます。
なんと、10日の午後にP6でもご紹介されていますダニエル・コビアルカさんに、ヒーリングミュージックコンサートを開いて頂きます。手造りのミニコンサートですので、今までとはまた少し違った演奏会になることでしょう。
以前に聴かれた事のある方はもちろん、まだ聴いたことのない方やCDだけの方も是非ご参加下さい。
(木村)
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