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東海
ホロス ホロス通信
 発行人:恒川洋
 編集スタッフ:岡部明美 五十部文子 田島亜矢子 高橋淳子
通信
目次

              
福井良治先生 第1章 求めるもの
あなたが今、新車を購入するとしたら、まず何を初めにするであろう。惰報誌を読み、カタログを集め、ディーラーへ出掛け、実膝に乗ってみて、それでもいろいろ悩むことはないであろうか。あなたは、医療を受けるためにそうやって考えなら行動するであろうか?

車を買うときにも人には様々な思いがある。全てに最高の装備をもった物でなければいけない人、バランスよくそこそこの性能をもっていればいい人、安ければ多少の難点はあってもよい人、特種な新しいメカニズムを求める人、一方では、自分の足で歩くから車なんて必要ない人。

今、あなたが車を買うことと、医療をどうやって受けようとするのかは全く共通する点がないのだろうか。

 第2章 かかわり方
あなたの身の回りにいる友人たちのことを考えてみたい。偶然出会ったが、深い信頼をもてるようになった友人、初めは好きになれたがそのうちに付き合いきれなくなった友人、逆に初めは顔を見るのも嫌であったのに、付き合ううちに信頼する相手に変わった友人、知り合いに紹介され間違いのない付き合いになった友人、

逆に知り合いの紹介であるがために、義理を通している友人、あなたの回りにもこんな多くの友人たちがいないであろうか?医者と患者の関係はこれらとは無関係なのであろうか?一度出会った医者と患者の関係は、人と人の個の相性に関係なく完全なのだろうか。いや完全でなければいけないのであろうか。

 第3章 進歩したこと
もしも今、冷蔵庫がなかったらあなたは食物を保存するために知恵を使うようにならないだろうか?もっと小まめに買って早く料理しないだろうか?冷蔵庫があるためにかえってものを腐らせてはいないだろうか?それと同じように、病院へいけばなおるからと、あなたは自分の身体に無頓着ではないだろうか、健康保険があるからと、安心しきっていないだろうか.あなたは自分の回りにある便利さに慣れて傲慢になっていることがないだろうか。

 第4章 今と昔
「戦争中は…」という言葉を最近聞かなくなってしまった。みんなが嫌な顔をするから言わなくなってしまったのか、言う側が``今"に慣れてしまって言うことを忘れてしまったのか、言う人が既に年老いて言う気力を失ったのか、既に亡くなってしまったために聞かなくなってしまったのか。

少なくとも、その昔、若者は「戦争中には…」という言葉をうるさい話と思いながらも、『我々はやはり恵まれているのかもしれない」と心のどこかでは感じながら育っていたに違いないのだ。だれもその言葉を言わなくなってしまった今は、若者はだれも自分が恵まれているなんて思えないのかちしれない。

昔、肺炎で死んでいくしかなかった子供の親にはなにもしてやれない無カさへの悲しみがあった。今は、肺炎と言われた親が入院が長引くから大変だと顔をしかめる。``なんていい時代なんだろう。''

昔、今のように病気を治すことができなかった時、医者はなにもしてやれない申し訳なさを感じながら患者の手を握ったことがきっとあった。今は治すことができると思うが故に、手を握る家族に「処置をしますから少し外にいて下さい」と言える。

 第5章 私の思い
医療の原点にあるひたむきさや純粋さを人はよく知っている。にもかかわらず、なぜ最近人は不安に思う心が増えてしまったのだろう。

私は「人がいろんなものを失ってみて初めて大事なものだったと気付くのだ」などと思いたくない。しかし最近、人の言ういろんな不満を聞いていると「一度全てのものを失ってみることも大事な気付きになるのかもしれない」と感じるのもまた事実なのだ。

医療が今、すべて無くなるとしたら、人はあれだけ不信を抱いていた医療に対してもっとやさしくなれ、大事にできるようになるのではないかと思う。一方、今の医療技術をもし全て使えないとしたら、医者はもっと原点をみることができるのかもしれないと思うのだ。

新しい時代になり、医療に求めるばかりの時代ではなくなったのかもしれない。個性を尊重する医療の時代は同時に、何を求めるのかを個人が自ら考え、主張する``責任"を負う時代でもある。

なにもしいことではない、普通に少しだけ、自分が何を求めているのかを考えてみることなのだ。そして自分が友人に対して関わるように、少しだけ関わり方の一端を自分にも課してみることである。時々は、昔より今の方がいい時代なのかもしれないと感じてみることである。今後、医療の情報はどんどんと増えていくであろう。

そのために混乱を来さなければよいと思う。そのためには、医療者と患者の関係が今より大事になってくるであろう。友人とのかかわりと同じように、好きになれる自分の相手をみつけることである。そして情報を適切に選ぶ相談相手にすることである。選んだ結果に対して、迷い続けない自分の強さと、自分の信じ方をしっかりもつことである。それは必ずやもっと優しい医療をつくりあげる基礎となると私は信じている。

健康・医療 Q&A
Q:病院勤務の薬剤師です。最近アロマテラピーとかハープ療法に関心を持つ人が多く、エステサロンの広告にもよく見かけます。アロマテラピーは本来、香りの医学的応用ですので、尊門的な知識やトレーニングが必要だと思いますが、世界や日本の現状につき教えて下さい。

A:林 真一郎
(当振興会顧問・薬剤師・臨床検査技師・日本アロマテラピー協会学術研究委員会委員長)

アロマテラピーはわが国だけでなく欧米の国々でも急速な広がりを見せています。また、その国の文化や歴史、社会状況などにより、それぞれ特色のある発展を示しています。

「アロマテラピー」という言葉は1928年にフランスの医師ガットフォセによって使われたのが始まりです。

したがってフランスでは医師の管理の元でのメディカルアロマテラピ一が主流を占めています。一方、英国ではマルクレットモーリー夫人が美容と結びつけて紹介したため、オイルマッサージを中心としたリラクセーションとしての普及が進んでおり、民間の団体によって認定された「アロマセラピスト」と呼ばれる専門家が5,000入ほど活躍しています。またドイツでは確固たる教育システムを修了した自然療法士の一形態として施術に用いています。

わが国では、1985年に英国の専門書が翻訳されたのが、スタートであり、また歴史も浅いため医療分野よりも日常的な美容や健康の維持、増進を目的としたライフスタイルとしての普及が進んでいます。

しかし、一方で自然療法や代替医療への関心が進む中で医療機関でも取り組みが広まりつつあり,関連学会での研究発表がこれをあと押しする状況にあります。

知識や技術の教育面では民間のスクールがいくつか設立されていますが公の団体による資格認定としては日本アロマテラピー協会が「アロマテラピーアドバイザー」という資格をスタートさせ、将来「アロマテラピーインストラクター」「アロマテラピスト」(いずれも仮称)といったより専門的な資格制度を検討しています。

アロマテラピーは感覚刺激による療法であるため、一般の人々でも気軽に、又楽しく取り組めることが長所といえますが、本来の意味のセラピーとして普及するには安全性の確保を含めた専門性の高い教育や医療期間とのネットワーキング等のきめ細かなフォローアップが望まれます。

その意味でもホリスティック医学の視点をふまえた土台の安定した普及がなによりも重要であると思われます。


   
A:萩 こてふ
(銀座歯科院長・ハーブ療法、アロマテラピー研究者〕

フランスのアロマテラピー
ます基本的に医学と薬学に深く関わっているということです。現在の段階では、何百人という医師、歯科医師、獣医が日常の治療に精油を含む、自然療法を使っています。

医師に処方してもらうと、患者は、薬を混合しそれぞれ異なる薬剤を出してくれる専門の薬局に行きます。普通は内服薬と外用薬が使われ、経口投与(または浣腸)や吸入で使われます。

イギリスのアロマテラヒー
イキリスは、マッサージと希釈した精油のさまざまな使い方とを結びつけ、ストレスを解消させリラックス効果が得られる療法として、アロマテラヒーを普及していっている国です。

イギリスにある強いパワーは、各種の教育機関やセラピストがそれぞれ連盟を作っていることに由来しています。ほかに重要な点は、イキリスでは精油を使い始めた病院が増えていることです。現時点では、医師や薬剤師はアロマテラピーに直接関わっていい内容です。

ドイツのアロマテラピー
ドイツ語圏の国々(ドイツ。スイス、オーストリア)には採草を使って来た長い歴史があり、特に自然療法家の間で植物医学が高度に発達しています。

最も重点に置かれているのが精油で嘆覚と結びつけて扱われています。フランスの医学的な扱い方の影響が入って来たので状況は急速に変化しつつあります。

アメリカ、カナダのアロマテラビー
アロマテラピーがイギリス程古くないがその成長ぶりには眼を見張るものがあります。医学会は、まだ関わりをもつ段階にきていません。

日本のアロマテラヒー
1985年ロバートティスランドの「芳香療法の理論と実際」が訳され年々目覚ましい普及と発展をたどるようになりました。

香りブームが広がりを見せアロマテラヒーがひとり歩きいをはじめました。96'4.1非営利団体で、日本アロマテラヒー協会が設立され、アロマテラヒーの健全な発展と育成をめざし本格的な活動に取り組んでいます。

協会事業の一部には、アロマテラピースクールのカリキュラムを充実促進させ、認定スクールを設け、社会の二一ズに適応し、又国際的にと適用するアロ々セラヒストの養成につとめるとあります。

アロマテラピーが、一時の流行に終わらず21世紀をめざして立派な道を開いて、楽しい人生の道しるべとして発展してゆく日を期待しています。

 樋田 和彦先生









 今年は日本ホリスティック医学協会発足10周年、東海ホリスティック医学振興会発足6周年である。それは公にホリスティックという名を掲げて活動が開始された期間である。ホリスティックという思想自体は決して新しくはなく、古くから繰り返し唱えられた理想である。

しかし、理念こそ立派であるものの、それを実践するのは誠に難しいことである。医師免許を持つものは標準的な現代医学を遂行することを義務づけられており、その堅い世界の中で、自己の信念に基づき新しいこと、特に科学的に実証されていないことを臨床に用いることは大いなる勘違いか、大いなる勇気を必要とする。

 前置きが長くなったが、樋田先生はホリスティック医学なる言葉が世に出回るはるか以前から、その勇気ある行動をとり続けてきた先駆者である。ここで先生から伺った、自身がホリスティックに至る道を紹介したい。

 医者としての始まりは全く標準的な耳鼻科医であり、むしろ手術が大好きだったそうだ。30代で若くして開業し、それ以後迷宮に陥っていった。

標準的な酉洋医学的技術では症状が全く変わらない、変わらない症状を持った方々の受診が延々と続く。一般的に、それが臨床上の現実なのであるが、先生はそこにまじめに疑問を感じてしまった。思い詰めていく中で、自らが自律神経失調症のような状態になった。今ではあっけらかんと話されるが、その当時の苦悩はものすごいものであったらしい。

自らを癒すため、また真の癒しとは何かを深求するため、ヨガ、操体法、食養、鍼灸などなど、自分が真に納得できる世界を求めてさまようことになった。そしてO一リングテストに出会い、高麗手脂銭に出会い、現在はその二つをぺ一スにしてより広く深い世界を深求されている。そして今なお新しいものには心を開き、立場の異なるものを決して否定せず、夢と現実のバランスを維持しながら医道を追求されている(先生が、深求され
た世界についての詳細は著著「癒しのしくみ(地湧社)」を参考のこと)。

先生に対する私の印象は、科学者というより求道者であると感じている。かといって悲壮感もまじめくさったところも、権威的なところもなく、いつもうれしそうに、無邪気な予供が好奇心いっぱいで世界を観察しているような目でものごとに取り組んでいるようにみえる。、心の壁が低く、新しいものに素直に心を開いていき、ひろいつながりを包容していく力は、心の闇をくぐり抜けることによって身にまとったオーラなのだろうか。

自己の中心をしっかり持ち、全体を視野に入れ、中心と全体を行き来しながら生きる、その生き方こそホリスティックな態度ではないだろうか。先生のすばらしさは、その特殊な技術にあるのではなく、こういった生きざまにあるのだと私は思う(理事・竹内聡)

ホリスティック医学地球環境とのシンクロ性      
      プロフィール 萩原喜之
昭和55年10月『中部リサイクル運動市民の会』を設立、代表となる。平成4年11月『(株)リサイクル情報センター』設立、取締役就任


現代の医療が音を立てて崩れ始めていると同時に、地球環境問題も悪化の一途をたどっています。今までの概念での対応では治まりがつかなくなってきているのです。 かすり傷はどうして治るのか?治ることを推進するメカニズムはどこにあるのか?私たちの身体はちょっとした傷なら自然に治ってしまいます。私たちは自然治癒力の正体が見えていないのだと帯津良一先生が言われていました。

 人も地球の健康もそろそろ物事の本質にせまらないとやっていけない所まで来ているのでしょう。従来の治療法が、バランスをとりながら場を整えていくというメカニズムを狂わせているのだと思います。

また帯津先生はホリスティック医学を「エントロピーを減らし、場を整える医学である」と言っておられます」私たちの生命維持のためには、身体の中にエネルギーが必要となる。そのエネルギーは太陽から植物を通って酸素や食べ物として入ってくる。そして、身体の中でエネルギーが都合のよい形に変換される。

そのときにエントロピーが発生する。エントロピーとは汚れ、廃棄物のようなものと考えて下さい。身体の秩序を乱すものです。エントロピーがたまると健康が害されるため、私たちの身体は呼気や汗、便などで身体から排泄します。エントロピーを捨てることによって私たちの「場」は常に秩序あるものに保たれています。そのような力が自然治癒カなのだと言っておられます。

汚れを捨てるためには、捨てるための材料が必要です。何かを食べたり、飲んだりして、便や汗の水分の素を入れなければなりません。外から何を入れるかという入り口とその材料の問題と、汚れを出口まで運ぶ循環の問題、そこから外に出すという出口の問題、出たものをどう処分するかという問題。

こう考えていくと「場」は外とつながっていることが理解できます。人の身体は呼吸をすることで外気とつながり、地球、宇宙へとつながっていきます。人間ひとりの健康や病気を自分の身体だけで考えていてもだめなんだということが見えてきませんか。

 置かれている「場」全体を見ること、これが「場の医学」ということなのでしょう。健康のためには地球の「場」の状況も見ていく必要があるというわけです。

 我が家に危険な農薬があったとします。子供が飲むといけないからと、台所から流してしまうと、その農薬は下水から川へ川から海へと拡散していきます。その間に微生物がそれを食べ、微生物を小魚が食べ、大きな魚へと体内濃縮されていきます。

その魚は我が家の食卓へと食材として戻ってきます。我が家だけ、自分の健康だけを考えているといけないという例えです。人の健康と地球環境間題が、相似性があるという以上につながって生活することが大切です。



           
                                    石丸裕高 ワンブレインジャパン代表

  『私のホリスティック医学観』
 私は医者ではないので、医学観については語れませんが、日々悩める人の相談に乗っているファシリテーター(=ホリスティックカウンセラー)として、ホリスティック医学の参考になればと思いこの文をしたためています。

大学時代に哲学をかじっていて未熟ながらわかったことは、こころとからだのつながりが見えないから哲学者たちは悩んでいるんだ、ということです。私個人は、その時点で哲学とはおさらばして、精神世界に首を突っ込んでるうちにONE BRAIN全脳システムというとんでもないものに出会いました。  

そ れはこころとからだのつながりについて、とても明解に答えを出しているのです。こころが否定的だとからだ(筋肉)が弱くなり、こころが肯定的だとからだ(筋肉)が強くなるというとてつもなくシンブルな原理を発見したのです。つまりこころとからだが一対一で対応していることを発見したのです。この原理をもとに、こころとからだの複雑つながりを明らかにしたのです。

からだの痛みは、こころを変えれば消えていきます。どのように変えればいいのかがこれまではわからなかったのですが、こころとからだのつながりがわかったので、ONEBRAIN全脳'システムではいとも簡単に痛みが取れるようになったのです。

 例えば、肩が痛んでいる人は恨んでいるんです。右肩が痛んでいる人は、男性への恨みの可能性が高いのです。左肩が痛んでいる人は、女性への恨みの可能性が高いのです。恨みが未処理なので、肩に信号を出しているのです。

これまでの医学やその他の治療法では、かならず肩に働きかけて、身体的な側面から痛みをとろうとしていたのですが、言葉や意味の理解だけで、肩にはまったく触れずに、痛みを取ることが可能になったのです。

現在、欧米ではこの技術を使って、さまざまな分野での応用が実用化されています。北欧では文部省がこれを学校に採用して、おちこぼれ・いじめ対策に生かしており、アメリカでは手術前の患者のストレスをとるために活用されています。

日本でも恒川先生をはじめ、ホリスティック医学協会関西支部の黒丸先生や中部支部の樋田先生や七田チャイルドアカデミーの七田先生に高く評価され、少しづつではありますが医療、教育の分野に活用され始めております。まだ始まったばかりの学問です。ひとりでも多くの人に活用していただけたら幸いです。

 BOOKS  石丸裕高先生が薦める本のご昭介
凸「全脳への道」 (石丸裕高/たま出版
凸「光と癒しのエッセンス・ガイド (大塚敏男・たま出版)
凸「ボディーワークセラピー」 宝島編集部/JICC出版
凸「ONEBRAlN」  (ゴ一ドレスト-クス&ダニエルホワイトサンド/Three In One Concepts)
凸「本物教育のすすめ」 (船井幸雄/ビジネス社)


  
        岡部 明美 
当振興会会員・心と体のきずきのワークショップ「リトリート」主宰
著書に「気ずきのノート もどっておいで私の元気!」



 初めてホリスティック医学というものの存在を知った時、私はすぐこう判断した。「これは、あやしい。きっとだまされる。セミナーの案内には、なにやらかっこいい事が書いてあるけれど、のこのこ出掛けていったら、きっと最後に500万の壷とか印鑑を買わされるに決まっている!」。そう思ったのが、かれこれ6年前の事である。しかしながら、私は疑心暗鬼の固まりであったにも関わらず、知人が送ってくれたセミナーの案内状を捨てられず、ステレオの上にすっと置いていたのである。

で、なんだかんだいいながら、もともと好奇心が旺盛な質なので、結局は「ホリスティック医学とは何か、ホリスティック教育とは何か、ホリスティックな生き方とは何か」というセミナーに出掛けていったのが、当振興会との馴れ初めである。

 そこで、私は、目から鱗がポロポロ落ちるという体験をした。「ああ、私は今まで半月を見て、それをまんまるお月さんだと思っていたのか」。心地よいショックだった。私の中に今までまったくなかった、ものの見方、考え方、とらえ方。

ホリスティックの語源の「HO1OS(全体)」とは、こういう事だったのか。現代病の病気治しのための「東西両医学の合体」程度にしか認識していなかったホリスティック医学は、実は、個人の生き方の転換をも内包した、人類史的な文明の転換をその視座にもっていたのである。知的な興奮を覚えた2日間だった。

 しかし、今にして思えば、全部が必要があって、必要な時に起きてきたと思うのだが、ホリスティック医学に関わりはじめて、半年後位に、年に一度受けていたCT検査で、私の頭部に白い影が見つかった。再発の影である。その頃、私の視点は、マクロな世界観の学びの方に向かっていたので、ここで一気に、ホリステイツク医学の原点、「病気を治すのは患者自身。

私たちの体には、誰にでも等しく、自然治癒力という、自分の病を治すカ、癒すカがある」ということを、私が本当に信じているかどうかを試されるような出来事が起きたわけである。私は、とにかくやってみようと思った。食事療法、養生気功、瞑想、呼吸法、イメージ療法、断食、砂療法、鍼灸、マッサージ、カイロブラクティック、西式運動療法、甲田療法…よくこんな地味なことをコツコツやったなあ、と自分で自分を誉めてあげたいと思うが、何しろ内心は必死だったのだ。

人には、再発していることは言っていなかったし、表面上は明るく元気に振る舞っていたように思う。確かに、これらによって、私の体質はどんどん変わっていった。(この間、両親や友人たちから、あやしげなオカルト医学にはまって、と何度誹謗中傷を受けたことか。病気を自分で治せるのなら医者はいらないじゃないか、というのが彼らの言い分だった。しかし私はめげなかった)

これらの療法だけでなく、私が大事にしたことは、ホリスティック医学の定義にある、「病気は体の自己表現」「病気は、気づきの機会であり、自己実現への道」という部分だった。私は気づきのワークショップにも出て、病気(からだ)が、私に何を伝えようとしているのか、体の声を聴くことを続けていった。病の意昧を知るということは、病気とは何か、健康とは何か、いのちとは何か、私は何者なのかを問い続けることでもあった。

考えてみれば、私はこんなふうにして、立ち止まって自分を見つめたことなど、それまであっただろうか。自分の内面世界、内部感覚に丁寧に寄り添ったことなど、私は一度もなかったように思う。私の意識はいつも外を向いていた。答えは、いつも、自分の外側にあると思い込んでいた。しかし、答えはすべて自分の中にあった。再発の影は2年後には消えていた。
もどっておいで私の元気
私は思う。どんな優れた療法であったとしても、からだには、「からだの言い分」があってその病気になったのだから、その言い分に耳を傾けなかったら、その人が本来持っている治癒力というのは作動しないのではないだろうか。病むこと、行き詰まることは、すでに回復、再生へのプロセスなのではないかと思う。

本来「いのち」は自分の中に成長し続ける力も、病んだからだを回復させる力も、しあわせになるための種子も全部もっている。その、それぞれの種子の育つ力、生きるカを信じ、水や光を与え、豊かな土壌(心とからだの環渤作りに気を配れるようになったときに、はじめて、からだは生きる方向へと働きだすのではないだろうか。からだは、犬切にしてもらい、病の意味やメッセージをわかってもらえた時に、自分で元気を取り戻すのだなあということを、私は体験を通してしみじみ実感したのである。


最近「心の問題」がクローズアップされる様になって来ました。私は心の病で、数年間心身共に苦しみましたがそんな中、東海ホリスティック医学振興会に出会い、様々な人との関わりの中で少しずつこころが元気と自信を取り戻し、自分を大切にし、本来の素の生き方を始められました。自分を好きになれずにどうして他人を愛し、大切に出来るでしょうか。

そして例えば誰かが治してくれるだろう、何か特効薬があるのでは等をただ待っていては決して治らない。自分が気づいて行動を起こせば必ず道は開けます。

病院に行かないまでも、ストレスを感じている方は沢山いらっしゃると思います。どうか一日に一度は自分をほめて上げてください。見た目が違うだけで、背負っている荷物の重さは同じだと思います。
私はこれからもこのホリスティックに関わりながら、皆さんが心の元気を取り戻すお手伝いが出来れば、と考えています田(会員・別所弘那)

 去る、9月30日、ホリスティック医学の理念に強い関心と深い理解を示され、当振興会発足当時より顧問として振興会活動に多大なご支擾とご協力を賜りました中川米造先生がご逝去されました。

中川先生は大阪大学名誉教授として、「医の倫理」をテーマとしたNHK教育テレビをはじめとする数々の医学講座、我国初めての医療人類学国際シンポジウムの企画等、医学界に多大な業績を残されました。

今後もさらにご指導、ご協力を戴けるものと期待しておりましただけに、今回の訃報に接し、万感胸に迫るものがございます。

 生前、先生が「健康というものは病気の不在ではない。病気自身も実は健康の一部である。死すら健康の一部である。私は健康というのは、自分が自分を実現するのだというように思います」とご指摘されました、現代医学の抱える問題点、を少しでも改善し、ホリスティックな医療を目指し、顧問・理事一同、精進を重ねて行きたいと思っております。

心よりご冥福をお祈り中し上げます。合掌
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