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東海
ホロス ホロス通信
 発行人:恒川洋
 編集スタッフ:岡部明美 五十部文子 田島亜矢子 高橋淳子
通信
目次

                    
  
  平成9年を出発として成人病が生活習慣病と呼称されることになりました。成人病は生活習慣が悪かった結果、発症するものと定義されたわけです。この中に入る疾患は表1のごとくです。

 今までは、発病したら治す第三次予防…病院の役目又は充実・病気の早期発見の第二次予防…保健所又は職場における健康診断から、第一次予防の対策に重点をおくこと、すなわち、病気しない体を日頃から養う習慣をつけることに変化してきました。

病気の原因は[自身の不摂生の成れの果て]ということで、この病気は過去の自己管理に欠けていた証明のようなものと言うことなのです。それ故、健康を作る自己管理能力を養い、習慣化し、良い体質を作り上げていくことに帰着するのです。

 図1に示した様に、農村が主役であった時代は退化し、あまり近所とお付き合いの無い個別化、都市化へとすすみ、あこがれの食事であった油を用いた西欧食と砂糖の食文化が日常生活主流に定着してきました。その結果は成人病一般のどれかに見舞われる結果を招く事になってきました。

 この食習慣病は、氷山の上に現れるまでの時間は極めて長く10年以上の期間をかけて、ゆっくり、かつ確実に、ひたひたと忍ぴ寄って来ます。 食事・運動・休養の三本の柱とストレスの解消という原則がどう実行できるかによって治癒時間が長短は決まります。

食事はバランス良く、運動はほどよい強さで適当にかつ代謝効率を高めるように、ストレスはその日のうちに取りさって、睡眠はぐっすりと。この表現は簡単そうですが実行不可能になりがちです。

この中でもとりわけ食事習慣作りは、おなじ運動を決めた時間に実行し、おなじ薬を決めた時間に服用するように、同じ料理を毎日とれば良いというように簡単に行きません。ほぽ毎食変化した食品の還択や料理、味付けを楽しみつつ生活にめりはりをつけてゆくのが当たり前になっているのです。コンビニで購入してくれば簡単ですが、味付けが甘くかつ醤油味も濃く、かつ油の多い料理で、味は何とか満足の役目を果たしても、健康上の管理は期待がもてない不安が付きまとっています。

 高血圧にはやや薄味で、高脂血症や動脈硬化症には砂糖や油脂の種類や量をそしてやや薄味を意識して、肝臓食ではやや多めの蛋白質を意識し、これらの疾患はさらに野菜、海藻を加えて、バランス良くなどと書いても実行不可能との声が聞こえてくるようです。

おいしい食事をおなか一パイ食ベて、楽をして、運動や労働もすくなくし、楽しく過ごす一生のその後にくるものは間違いなく平等に肥満・糖尿それに図1のどれかでしよう。

21世紀に向かい不確実要素が多くなった今日、病気になれば公的保険で全て保証できなくなった今、乗り切るのは健全な体と心、そして傷ついても回復する修復力でしょう。家庭料理が料理に時間をかけるほどバランスが良くなるとのことは確かかもしれないが、現代ではそうできい家庭が多くなり、若年者家庭では料理を作れない、包丁もまな板もない家庭、給食などのように食事の多くを他人任せの家庭も増えている現状です。こんなことで良いのでしょうか?

ここからが本論です。ホリスティックではガンに対する関心が高いのでアメリカガン研究財団の最近の結果報告15箇条を示してみましょう。
1.澱粉質の主食食品を豊富に
2.標準体重の維持
3.一時間以上の速歩又はそれに相当する運動
4.四季の野菜・果物を400〜880g(総エネルギーの7%程度〕を
5.アルコールを飲む場合はエネルギーの男5%女2.5%まで
6.肉は赤肉を80gまで
7.動物脂をおさえて15〜30%までとする
8.食塩は6g以下で香辛料やハーブを用いる
9.砂糖のエネルギーは1O%まで
lO.食ベ物は保存に注意
ll保管は冷蔵庫に
12添加物・農薬の入らない 食品を
13焦げた食事は食べない
14.栄養補助食品は用いない
15..タバコは入らない、吸わない
以上です。

では、ご馳走は食べられないのか?そうではありません。普段は、バランスの良い粗食で、一カ月に一回はやや御馳走ならまずよいのです。ではバランスとは、主食はできるだけ玄米に近いご飯を一膳、鮮度の良い魚・脂の少ない肉・卵・ゆで大豆又は豆腐のいづれか又はできれば取り混ぜて1食に自分の掌1/2くらいに、緑の野菜を小鉢一杯程度、中鉢に野菜の多いゆでたり、薄味の煮物を軽く一杯、これに海藻又は茸の料理を一品です。野菜はできるだけ季節の野菜を多くしてください。

外食の多い方は休日に野菜を多く食べられる鍋物を必ず用意します。考えて食べる時代に入りました。健康は自分で作り出すもの、他人に作ってもらうのでは無くなりました。一生に3日間考えて食事をしていただければ、多分この原則を身につけていただけるものと存じます。


  Q:糖尿病の男性、50歳です。5年前から服薬・運動・カロリー制限を厳守し、体重は標準値になり空腹時血糖も130前後です。足先の軽いしびれ以外合併症もありません。時々治療に疲れて過食しては自責の念にかられます。最近、こんな生活が一生続くと思うと憂鬱で仕事にも身が入りません。何かアドバイスがあれば、お願いします。

A:古沢敦(当振興会理事・古沢クリニック院長

適切なアドバイスができる自信はありませんが、多くの患者さんに接する立場にある一人としてお答えさせていただきます。,

 糖尿病の治療で大切なことは、しっかりとしたコントロールを続ければ様々な障害や合併症を防ぐことが可能であることをまず理解していただくことです。

その治療の中心となるのが食事療法なのです。糖尿病である以上は、必要なカロリーを適切におとりいただくことは治療上必須なこととなります。

全体の70%の患者さんが食事療法を厳守することでコントロ一ルが可能と考えられています。食事が乱れていては、ほかの治療(運動、薬、物療法)の効果がなくなってしまうのです。

しかしながら、ご質問の方の様に毎日3回の食事制限に疲れ、治療の継続に嫌気がさしてしまう方も多くみえます。

実際上、一生涯にわたって完壁な食事療法を実旋することは困難なことです。

治療の現場では旅行などで過食された場合には、気持ちを引き締めてその倍の日数注意していただく様お'話ししています。

また、現在のお気持ちを医師、看護婦、栄養士に相談され、同じ糖尿病にお悩みの患者さんと情報交換されてはいかがでしょうか?

取り返しのつかない合併症を予防するためにも、自分の病気は自分で治す覚悟で食事療法に取り細んで下さい。












A:藤本敏夫(糖尿病患者の会「全糖連」代表・目然王国代表)

糖尿病という病気は、病気であって病気でない不思議な病気なのです。現代医学では大まかにいって二つ理由をあげています。

一つは、すい臓のランゲルハンス島B細胞の機能失陥でインスリンが分泌されないという理由。二つは、たとえ分泌されていても、各細胞のインスリン受容体が働かず、結果として糖代謝に、支障をきたすという理由です。

 いずれにしてもお医者さんは、インスリンを外部から投入するか、ランゲルハンス島を刺激してインスリンを分泌させる方法しか、処方としては出せない訳で、あとは「食うな、飲むな、運動せよ」といい続けるしかないのです。

貴男の場合もその様な医者の指示を守って生活されてきたと思うのです。

しかしご相談の中にもありましたように、現代文明社会は魅力に満ちた「良質社会」ですから「簡素生活」はすこぶる苦痛で、強い意志の持続を要求します。

「言は易し、行は難し」で「食うな、飲むな、運動せよ」を守るために「ねばらぬ」というプレッシャーを自分にかけ続けねばなりません。これは「体質化した習慣」ではなく、「意志による強制」ですから、時々、「意志」の目を盗んで旧来の習慣に回帰することになります。

貴男の悩みはそこにあるのです。さて、問題解決の糸口ですが、「ねばらぬ」という強制は自分を自分が責めているので、強いストレスを与えます。このストレスが、ホルモンの変調を誘発し、結果としてインスリン効果を失陥させていることが考えられるのです。

だから「楽しい」誘導策を組み立てて「簡素生活」の習慣化を計ることしかありません。私の場合、ほんもの日本食の通になるという決意をして、「真正グルメ」に徹することにしました。ほんものは美味しくて、安全です。

そして適量がバランス良く組合さっています。日本食を極めれば結果として「適正な食事」に行きつきます。要は楽しい誘導を自らに課して生きられることです。



            
  10月10日浅い秋、良天の菰野で秋の会が挙行されました。サンフランスシスコ交響楽団の現職のヴァイオリニストであられるダニエル・コピアルカ氏を囲んでのミニコンサートである。そもそも、氏と東海ホリスティック医学振興会と、氏と恒川先生との因縁には浅からずのものがあると当日のコピアルカ氏のプロフィール紹介の折りに伺った。

ヨーロッパ等ではミニコンサート自身はそれ程、〈家庭で催されるか、近所の教会で催されるか集会所の庭先で催される…アーベント)珍しい事ではないが、日本では珍しい力に入るでしょう。しかも、人間回復を謳うホリスティック医学の目的の一つとして催された行事に、彼のような著名人が快く参加されたことは、私には驚きでもありました。

 私は聴衆者の一番を陣取り、氏のどこまでも繊細でどこまでも優しく、どこまでも媛かい芸術の音の世界に聞き惚れていました。そのうちに私の体内に不患議な現象が起こりました。私の胃癌の患部が氏の音楽に合わせて、グルル・グルルと共鳴し出しました。このまま癌細胞が解け落ちて完治してくれるのではないかと思えるほどです。辺りに悟られては他(40以上)の聴衆者の笑い物になりますし、音を発てたら演奏自身に最も失礼ですから、悟られないように密かに患部に手を添えていました。

幸、ヴァイオリンの音色の方が十分勝っておりましたので他の人に悟られることはありませんでした。コンサ一トもフィナーレ、私はこの不思議な現象について氏にお尋ねしました。氏曰く、『多分確信はないが、ヴァイオリンの[V]つまり、[f]の濁音「ヴァ、ウィ、ヴェ、ヴォ」が患部を癒してくれるのではないか』。

この後、彼のサイン会、動物を廃した自然食のみの夕食、翌日の偉大なる自然の恵みである、山・川・滝・岩・水・風・光のエネルギーの受容等々で時間が惜しまれました。

それにしても、この会に参加した入々の心はどうしてあんなにも暖かかったのでしょうか。健康な人ももちろんいらっしゃるし、私のように癌を患っている者、いた者その他を患っていらっしゃる人達が、自分を癒すのでは無く、この会場で会った人達、古き知人、新しき人、初対面の入たちが一生懸命になって〈ごく自然に〉、他の入を癒すのに奔走するのです。それは福祉等の言葉の意味を超越しておりました。次回は何が・・・1おおいに期待されます 完 会員 一口捷二
             

  例年、秋には『御在所の秋を楽しむ会』が湯の山ゆらぎ園で開かれるのですが、今回はダニエル・コピアルカさんのヒーリングコンサートも一締に開かれる事になり沢山の皆様が参加され豪華で楽しい会になりました。
私の友人も横浜から参加し共に楽しむ事が出来たのは嬉しい事でした。

良い天気に恵まれて、爽やかな御在所の秋の二日間でした。ゆらぎ園に2時に到着。コビアルカさんはすでにおいでになっていて私の大好きな 故 武満徹さんを遣悼した曲『コーリンズ・メモリー』の演奏のリハーサル中でした。私はこの曲を5月のホリスティック医学セミナー'97の時に聞いて、虜になってしまったのですが本番も入れて3回も聞けたのはラッキーでした。
 暮れていく夕日の中でコンサートは始まりました。コピアルカさんの世界です。優しく、媛かく皆を包み込み、言葉のない言葉で励まし勇気付けてくれるようです。外から子供達が遊ぶ声が聞こえてます。その子供達へもコビアルカさんのいとおしい、優しい心が向けられている、聞いていてそう感じました。『コーリンズ・メモリー』はやっぱり素晴らしかった。

コビアルカさんのバイオリンが日本の風景を奏でている。弓の先から生まれた風は青竹をゆすり、高く高く昇り、満天に輝く星を揺るがす。宇宙のどこかから、武満さんが澄んだ目で静かに、地球を見ているかも知れない「武満さん、あなたはとても日本を愛していたのね」コビアルカさんの演奏でそれがとても良くわかるのです。

コビアルカさんは武満徹さんとはとても親交が深く、亡くなられてからは、故 武満徹さんに捧げる瞑想曲『シルク。ブランチ』を出しています。コビアルカさんのヴァイオリンのケースの内側には、天使のような赤ちゃんの写真と、奥様の写真が貼られ演奏中は良く見えるように開かれているのが印象的でした。

演奏中は深く聞く入る人、そっと涙をぬぐう人、眠ってしまう人と様々でした。私はとても音楽が好きな人ですから、良くコンサートに行くのですが、こんな気分の良いコンサートは始めてでした。

演奏後はコビアルカさんも御一緒に楽しい夕食です。佐久間シヱフが工夫を凝らし腕によりをかけて作ってくれた御馳走がバイキングで出てきました。作っても作ってもすぐ無くなるので佐久間シェフは大変だったでしょう。
翌日は恒川1先生の御案内で気持の良いドライブを楽しみました。

御在所岳、ヒーリングミュージックコンサート、温泉、自然食、早朝気功、良いことばかり、ドライブ付き秋の会は無事終了しました。(会員・中村京予)


[追悼の記]
今回の秋の会リーポトは、参加された会員の方にお願い致しましました。そのお一人である一口捷二さんはドイツ文学を専門とされる近畿大学助教授であると同時に、私のクリニックの患者さんでもありました。

御本人も書いておられますように、胃癌を発見されたものの西洋医学的にはすることがないという非情な告知を受けられ私のクリニックにお見えになりました。以来、養生気功を始めとする様々なホリスティックなアプローチに実に積極的に取り組まれ、絶え間ない痛みがあるにもかかわらず片道3時間半かかる当院へも奈良の地から週二回自身の運転で通院されました。

昨年12月には、かなり厳しい病態ながらも当会顧問である帯津良一先生の帯津三敬病院でもう一度食餌療法を学び直したいと希望され、入院治療を始められましたが、咋年暮、御逝去されました。

 御遺稿となりましたこの原稽を読みますと、コンサートの間、眼を瞑りお腹に手を当てながらじっと演奏を聴いておられた一口さんの御姿が彷彿として参ります。私は一口さんとの患者と医者という関係を超えたホリスティックな関わりの中で、最後まで諦めることなく常に希望の灯を絶やさず、しかも淡々と闘病に専心されたその生き様の見事さを始めとして誠に多くのことを教えて戴いたと感じております。心からご冥福をお祈り申し上げます。(当振貫会会長・恒川洋)
 
   東海ホリスティック医学振興会でひわの葉温熱療法の体験会が始まったのは、去年の2月からのことでした。

それから毎月第3金曜日には体験会と勉強会を開き、今年の一月でまる1年を経て、その間150名近くの人が温灸の体験を受けたことになります。

 同時にインストラクター講習会には、6名の人が参加して下さり、12月には田中さん、奥田さん、浜川(益)さんが、1月には浜川さん(嘉)、安田さん、堀田さんがそれぞれ優秀な成績で修了証を受け取られました。

今後、東海ホリスティック医学振興会を中心にした健康の維持や促進の輪を拡げ、びわ温灸もその一助になればと念願しております。又、インストラクターの皆様の御健闘を祈っています。今回、ひわの体験の中に「うつ病」にも良かった人の体験談がありますので紹介させていただきます。


社会人になって間もなく上司との人間関係や完璧を要求する母親との軋みなどが要因で、うつ病になってしまいました。

以来、精神科の病院に6年間通って薬の服用を続けてきlましたが昨年11月、不眠症と拒食症、貧血に見舞われ、時間をかけて薬の量を減らしてきた甲斐も無く安定剤頼らざるを得なくなりました。
 そんなドン底状態が続く中、ピワの葉温灸に出会いました。 始めての温灸は一時間ほどでしたが、芯から体が温まり、帰宅の電車の中で眠くなったのです。

 手当てを受けるたびにウトウトしてまるでお釈迦様の手で癒されるような感覚にひたるのですが、びわの葉温灸に出会ってはっきり感じたのが“冷え"と“うつ"の関連性です。
 “体の冷えが心を冷やし、心の冷えが体を冷やす"という悪循環。病院でその関連性をが指摘されなかったのが不思議です。二十代の大半を神経科の薬を飲んで過ごしましたが、ビワとの出会いで治る希望が湧いてきました。


 金子一郎さん
 ・当振興会専務理事・経営情報センター取締役・医療経営コンサルタント

 日比野春男さん
・当振興会監事・愛知中小企業同友会地区役員・株式会社マインドコスモ代表取締役社長


 金子一郎さん、日比野春男さんをご紹介させて頂きます。
 私とお二人の出会いは、東晦ホリスティック医学振興会の始まりからですから、約7年前ということになります。普段は、お互い仕事に忙しいこともあり、それ程多く顔を会わす機会はありません。当振興会理事会と、その行事、年に1回の定例総会などの場面と、年に2・3度のテニスプレーとその後の酒宴など、プライペートな場面が主に会う機会ということになります。数少ない機会ではありますが、その様な場面を通してお2人を紹介できればと思います。

それらの中で、最も多く顔を会わせる機会は当振興会理事会でしょうか。年間の行事とその運営などに関し話し合います。その会合で、金子さんはその会の専務理事という立場であり、日比野さんは潟}インド・コスモ(当振興会パックアップ機関)したがって、お二人は理事会で話し合われた内容にそって予算上の関わりなど、更に細部におよんだ上での運営を司ることになります。となるとお二人は多く渋い顔をされて、その場に臨むことが多くなってしまいます。だから寡黙であることが多くなります。

それもそのはすでしょう。各理事の想いを予算などのその枠ぐみの中でもう1度、租借しなければならないのですから。その様な大変困難な作業が行なわれることによって例えば年に1度の定例総会がうまく運営されていくのだろうと私は考えます。

お二人と私は、また遊ぴ好きである。いろんなリクレーションプランは立てるが、これ又時間の都合で実現するのは数少ない。そこで手短なテニスということになる。それも誰の心がけが悪いか分からないが、いつも天候などの、条件が良くない。しかし皆ひるみはしない。強風の中、小雨の中・走り回るしっぽり濡れたいい男と思い込み。

そこには、技術を超越した男と男の戦いのロマンが漂うか。ところが実のところ、良い条件の下でもたいして変わらない腕前なのだからかえって、悪い条俳を言い分けにつかえて、助かる輩ばかりなのである。そしてその夜は、お互いのブレーに酔いしれた後の酒宴になり、更にテンションが上がっていくのであります。

ほんの二つの場面の紹介ですが、これらのことを通してお二人について思うことは、それぞれの立場の中で、その場に応じた最適の対応を試みようという気持をお持ちであるということ、そして困難な状況の下においても楽しむゆとりをお持ちだということです。まさしく、それは、ホリスティックというべきでしょうか。ホリスティックは困難な状況の中から生まれるのかもしれません。

随分と私的な感想的紹介になりましたが、そこは読者の皆様の寛大なるご配慮をもって、お許し願いたく存じます。そしてお二人、いかるなよ。理事・加藤秀夫)

                         

 岡部 明美 当振興会会員 心と体の気づきのワークショップ「リトリート」主宰 著書に「気づきのノート もどっておいで私の元気」善文社


 長い人生の道のりの中には、時折、深い森に彷徨いこんで、進むべき道が全く見えなくなってしまうことがある。暗く、長いトンネルを行けども行けども出口が見えず、一生この中にいるのではないだろうかと絶望的になることもある。それでも厳冬の季節に、根雪を溶かすほどのあたたかな書葉に出会い、生きるエネルギーが沸いてくることがある。そんな言葉(人)に出会えたことで救われたことがたくさんあった。

 最近は、心の中に日だまりを感じることが多いのだが、そういう時でも、心がほっこりするような言葉に出会うとやはり嬉しくなる。ガイアシンフォニー第2番に出演された佐藤初女さんの講演を聞いて心に残った言葉。

「春に咲く花は、厳しい冬を越さなければ花を咲かすことはできないのです。冬の中にも春があるのです。冬があるからこそ、春も楽しく、春を待ちわびる心は、私たちに希望のともしびをともします。」「ふきのとうは雪が溶けて顔を出すのではなく、ふきのとうのエネルギーが雪を溶かすのです」。

浅い春の日のせせらぎのように、佐藤さんの言葉は私の心を潤してくれた。十数年にも及ぶ闘病、死と隣あわせに生きる厳しい「生の体験」、1年の半分もが寒さの中に生きなければならない青森県弘前の風土に生き、心病む人達を受入れ援助し続けてきた人生の中から紡ぎだされた言葉は、寒さの中こ生きる人々にどれだけの愛と勇気を与えてきたことだろう。

言葉というものは人の心を突き刺すナイフにもなるけれど、あの時のあの人の一言で救われたという体験を誰もが持つほど生きるエネルギーを与えてくれるものでもある。当振興会のセミナーでも、そういうエネルギーに溢れた言葉にたくさん出会った。

 石川光男先生のセミナーの時。ある参加者がこんな質問をした「石川先生は、来世を信じていますか」。先生はこう答えられた。「来世はあるかもしれないし、ないかもしれない。私にはわかりません。大切なことは、天国に行くために、今生を生きるのではなく、今生を天国にするために今私が何ができるのか、何をすべきかということです。今自分が生きている世界をよりよい世界にするために生きた人は、もし天国というものがあるとするならば、必然的にそこに行けるのではないですか」

芳村思風先生のセミナーで、やはり参加者がこんな質問をした。「この世に生まれたということは、一人ひとりが自分の役割、使命をもっているといいますが、私には自分の使命いうものがよくわからないのですが」。先生のお答えは「自分の中でこみあげてくるものをよく感じて、見つめてください。あなたが本当にしたいことは何ですか。違和感を感じること、怒りを感じることもよく見てください。

実は、それを解決するのがあなたの役目だから、その体験をしているのです。また、自分が人体で出会った大切な人を思い浮かべてください。その出会いが、自分の役目を指し示していたり、これからの自分の人生の道筋を指し示していることが多いのです」

手塚郁恵先生のセミナー一では、涙が滝のように溢れてくるという体験をした。その涙は今まで私が感動したり、悲しかったりして流した涙とは違い、最も自分の深い所から溢れだしてきた涙だった。

手塚先生はその時、「それは、明美さんのいのちが喜んでいる涙なのよ」と言ってくださった。私の本の中の「涙」は、その時に書いたものである。

この体験を恒川先生に話したら、「岡部さんは、すでに癒しの道を歩き始めたんだよ。病は偶然じゃないから、大切な意味があるからね」。恒川先生のこの言葉も私は、心の中の「大切印の引出し」に、そっとしまったのだった。



こんにちワ。
コスモスの会に参加して1年になります。看護婦の仕事も24年になりました。

私は、どんな時も心の扉を大きく開いて患者さんの気持を受けとめようと努めています。それは、看護婦も同じ人間であるという思いからです。又、患者さんと接する中で、その生命からほとばしる身近な生活の知恵と活力、その活カの無限の宇宙との結びつきを感ずる時に、生命の重みに驚嘆してしまいます。

本当に健康であることは、すばらしいことです。私は、時々白衣の重みにストレスを感じ、体詞をくずし、泣きたくなってしまう事がありますが、進むことの大好きな自分だから、がんばってしまいます。

コスモスの会では、体も心もホットするのか、いつも眠ってしまいます。甘えているんでしょうね。コスモスの会は、人と人との出会いを喜び、底に流れる誠実な気持を育てることが出来る会です。
本当にありがとうございます。(会員・有浦敦子)


ダニエル・コビアルカ氏が、小沢征爾氏の「長野・冬のオーケストラ」に選ばれ長野オリンピック開会式で「第九」を演奏予定。

ダニエル・コビアルカ氏が、小澤征爾氏の指名を受け「長野・冬のオーケストラ」のメンバーに選ばれました長野・冬のオーケストラは、長野五輪及び長野パラリンピックの文化ブログラムを飾るため、指揮者・小澤征爾氏の声がけにより世界各地の音楽家が一堂に会する特別編成のオーケストラです。

コビアルカ氏は、サンフランシスコ交響楽団から1名のみ選ばれました。
 2月7日(土)の長野オリンピック開会式では、バ一トーヴェン「交響曲第九番」二短調〈合唱>の一部が演奏されます。浅利慶太氏の演出による開会式のクライマックスに「第九」演奏となりますが、オーケストラは長野県県民文化会館にて演奏をおこない、その演奏風景が競技場のバックスクリーンに映し出されることになります。
ダニエル・コビアルカ氏のヒーリング音楽家とての来日は、今春と秋に予定されています。


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