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ホリスティック医学に関わって、既に7年目に入った。[ホリスティックとは何か」という議論を嫌というほど繰り返し、時には人間関係が険悪になったり、疎遠になってしまったこともある。
当初は、「現代医学は不完全だ.伝統医学、代替療法、民間療法の中にもすばらしい物があって、それらを組み合わせれば今以上に病を癒すことはできるはずだ」という考えが自分を支配し、何とかそれらを組み合わせていける関係を作っていこうと意気込んでいた。それで、現代の通常療法以外の様々な方法を覗いたり聞きかじったりしてみたが、そこに違った形の独善性が見えることが多く、幻想が壊れていった。確かに素晴らしい技術、考え方はあるのだろうが、それを受け取る人もいろいろな人がいるのである。近年、「すべては心だ」といわんばかりの風潮が見受けられるが、一理あるにしてもそれを強調してはいけない場合だってある。結局、どんな方法であれ、その背後に、行う人の独善性、エゴ、押し付けがましさが見えてくると私はいや一な気侍ちになるのである。(それはそのまま自分にも返ってくることですし、ご批判も覚悟の上で以下に続けます)
それと、いくら何をどうしようが人はいつかは病んで死んでいくわげで、治癒を目指せば、その果てには敗北しかない。今は現代医学がやり玉に上げられているが、ほとんどの人が現時点で病院を死に場所に選んでいる以上、医者はいかにも分が悪い。「病院にいかなかったら〜」という言い方で現代医学を否定的に扱うのは、現在の政治批判のようなものである。それになりかわるシステムを作りだせない責任はすべての個人にあると思う。三分間診療が批判されるのに一個所の施設に人が殺到すること、あるいは一日がかりで大病院にでかけて三分間診療を受けることがなぜ続くのか。彼らは何を求めているのだろうか。官僚、大学の不正までもが暴かれもはや何も信用できないというメッセージをたえずメディアから送られ、不信感渦巻くこの時代に、それでも自分を守らなくてはいけない個人は、最後の信頼をどこに求めるのであろうか。それが人が多く集まる施設ということなのだろうか。
「みんなでかかればこわくないってか?」治療する側の独善性、支配欲求と治療を受ける側の依存性の裏側には、共に不安と恐れが存在する。権威を純粋に認め求める「表」権威主義者と権威を否定しつつ自ら創った独善的世界という権威に飲み込まれていく「裏」権威主義者、そして表権威、裏権威に追随する者がいる。また自分は権威とは無関係のつもりで、知らないうち閉鎖的な世界に引きこもっている者がいる。そしてそれがもう一つの権威であることに気づかずに。人は本貿的に孤独を恐れ、不安と背中合わせにしか生きられないのだろう。そしてその不安と恐れから逃れようとしたときに権威に依存する道に陥いり、自らの純粋な感情を麻痺させることになるのだろう。不安と恐れから逃れようとすれば依存を生み、依存は支配を生む。人も自分と同じであったほうがより安心できるからだ。そうやって支配権を巡ってパワーゲームに陥っていくのである。人間関係の中でいや一な気持ちになるときは、きとパワーゲームに陥っているのである。
では、このような「いや一な」関係に陥らないためにはどうすればよいのだろうか?それは不安や恐れから逃がれようとしないことだろう。人は一人で生まれて一人で死んでいく。生まれる前と、死んだ後のことは全くの闇である。生きている人間がいくらそのことを語っても、心から信じれるか?自分を麻痺させない限り、そんなことをできるわけないではないか。不安や恐れから逃れようとせず、どうやって生きろというのか。絶望した人間は時に自殺に走ることから分かるように、生きるということは何かを信じるということだろう。では、何を信じればよいのか。そこが運命の分かれ道だ。権威を求め信じるのは良くない親子関係のようなものだ。安心は得られるが自らの成長を止める道、自分を麻痺させる道だ。いつのまにか親(権威)なしでは生きられなくなり、いつも親(権威)の顔色を伺いながら生きる道だ。求める対象が人でなくても、いつの間にか自分を麻痺させる物にすがったりする。アルコール、麻薬、覚農剤、シンナー・たばこ・そして仕事・趣味(家族、他の人を犠牲にするほどのめり込むもの)。交通手段、メディアの発達1による情報氾濫、工業化による物質の氾濫により、小さい安全な集団(家族、地域、国ETC)は崩壊し、過去の集団はもはや安心より不信としがらみでしかなくなった今、自らを麻痺させず、成長を止めず、なおかつ信じるに値するもの、我々に生きるカを与えてくれるもの、それは何だろうか?
さてこつからが本題です(大げさな前振りが長々と続き、ここまで読む気がしなかった人もいることでしょう)今、古いシステムが壊れ、新しいシステム再生の兆しは未だ見えずカオス(混沌)状態が続いています。こんな時代に人類全体の問題解決をイメージするのは無諜です。全体を意識するのは大切なことですが、自分ができることは限られています。私は「過去を悔いることと未来を恐れること」によって問題が起こり、「出来ないことをしようとしたり、出来ることをしようとしないとき」にその間題は続くのだと思っています。今、できること、それは「不安や恐れから逃れようとせず、自分を麻痺させたりパワーゲームに陥らないで関わる人間関係を見し育むこと。そして身近な僚頼関係を回復すること」それだけだと思っています。身近な一歩が全体に波及することを信じて。
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